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尺八を携え歩いた四国遍路  以布利海岸  H15/8/24  UP
        
以布利 〜 窪津

 二巡の真夏の暑い時、その日は窪津漁港で車中泊。

 近所の人が暗くなった漁港へ、夕涼みに来ていきます。

 いつもなら、夕食だとか・なんだと時間が無く、アッというまにトットと寝る時間になるのですが、その夜は珍しく時間が有りました。

 そのままボケェ〜ッ・・と夕涼みしとってもええんですが、近くに有ったベンチに座り尺八を吹きました・・・・蚊に刺されながら・・・・以布利

 吹き疲れて一休みしてると、原付バイクに乗ったオバチャンが来て、近くのベンチに座り、いきなり詩吟を謡いながらピアニカみたい物でメロディを叩き初めます。

 おぉぉぉ・・・なかなか声が出てまんなぁ・・・・

 しばらく、その練習風景を黙って眺め聞いておりましたが、オバハンが一区切り付いた所で
「もし良ろしければ、尺八で伴奏をしてみましょぅか?」と話掛けてみました。

 伴奏は、その曲を知っていないと、なかなか上手くいかないのですが、私の尺八の師匠が詩吟の師匠も兼ねており、それに何回か付き合わされて詩吟を聞いてました。

 その時、尺八で伴奏していたのを聞いた事があります。

 まぁ・・節はわからんでも、それに良く似た音を探し出したり、コブシのような物を付け加えておけば、何とかサマになるじゃろ・・と軽く思ってたのです。

 それがやってみると、それらしくは成るのですが、オバハンの声の高さと尺八の音の高さが合わず、そのため半音とか指使いに苦労しちまって・・・・

 このような音の高さが合わない場合は、長さのちがう尺八を数本用意しておき、声の高さに合わせて尺八を取り替えるのですが、なんせ遍路中で一本しか持って来てませんでした。

 オバハンに声の高さを少し下げてもらいましたが、だいぶ音程の差が有りました。

 漏れ聞いたところによりますと、詩吟は高い音の方が良いらしいでんなぁ。
 ワシの持ってた尺八は長いので低い音だったんです。

 聞けば、オバハンは県の詩吟大会で優勝し、全国大会へも行った事があり、たまにここで練習するのだと言います。

 このような芸事をしている人と話すると、どおしても流派の話しが出て来ます。

 実はこりには、ニガア〜ィ想い出があるんです(^_^;)以布利

 私とこの尺八は「洋山流」と言って、ほとんど名も知られてないようなチッコイ流派です。

 転勤のために師から離れて一人でやってた時、地方の演奏会に出演依頼されました。

 この世界では常識であり、何がなんでも一番最初に配慮をされて当然な事がされなく、柔らかくその事を指摘し善処を申し入れましたが、軽んじられて聞き入れらませんでした。

 きっと
「聞いた事もねぇ、どこの馬の骨かわからん流派のモンが、何をわかったような事を言い張るんじゃ・・」と思われたんじゃろおなぁ。

 別の日、他の有名流派の人と共演をしましたが、その時の尺八の先生は弱小流派という私の立場をわかってくれており、ともすれば軽んじられてる私を常に配慮してくれ、必ず顔が立つように最善を尽くしてくれてましたが、善処の件は自分から言うのもミットモねぇので黙っていました。

 後日、他の人に
「こおいう場合、自分はどうすべきだったのか?」と聞くと、「その時点で出演を辞退すべきだった。」というほど、やっぱすメンツにかかわる重大なもんらしかったです。

 ワシ・・気が弱い性格なもんで、諦めてそれ以上言わずに黙って出演してましたが・・。

 流派・免状・・・やっぱり・・メンツやろおなぁ・・・・
 自分の権威存在を宣伝し、優位に立とうとする・・・・
 怒られるかもしれんが・・・

 有名流派に対するコンプレックスが、今も心のどっかの片隅に隠れてるかもしれまへん。

 有名流派の人達に負けんでぇ・・という気持ちで練習し遍路しながら吹奏し、ある意味ライバル意識を持ってたのは確かです。

 悟りも、へったくりも有りまへんなぁ。
 どっちか言うと修羅心・欲心かもしれまへん。(^O^)

 あるプロの画家と話した時
「欲心が無ければ上達しない。そこで満足してしまったら、ウデは、そこで止まってしまう。」と言われた事があります。

 遍路しながら尺八を吹き始めた最初の頃は、寺を巡りながら尺八を吹奏するというモンは、一流の人とかプロとか、その道を極めた人が堂々とやるモンであり、ワシのようなシロウトで無名の者がやってもええんやろか・・

 と後ろめたい気持ちで吹いていましたが、遍路しながら吹き続けていると、流派という重たい看板も、免状という紙切れも必要が無い事が、だんだんわかってきました。

 看板や紙切れは対外的・自己満足の世界であり、実力が伴わないと何もならん。
 看板・紙切れで勝負したらアカン・・・ヤセガマンかもしれまへんが・・・。

 遍路しとる時は、どのような立派な種類の看板・紙切れを持っていようとも、それを振りかざしながら歩くわけにもいかんし、わざわざブラ下げて見せつける訳にもいきまへんからなぁ。(^O^)窪津

 吹奏を聞いた人は、その時に感じた、ありのまんまの評価を素直にしてくれ、そこには演奏会のような義理の拍手や、お世辞の言葉が有りまへんし、そんな必要も無い世界でした。

 看板や紙切れの事を興味本位で聞かれる時もあり、特に紙切れの免状について聞かれると、免状の資格で尺八を判断されたくないので、
「へい・・そんなようなモンです・・」と軽く答え、その話題から外れるように仕向けています。

 寺で吹奏してると、何の利害関係も無い、全く見知らぬ人が曲が終わるまでジイッ〜と立ち止まって聞いてくれていたり・・・

 たまに曲が終わった時、ソオッ〜とわざわざ近寄って来て、お誉めの言葉を頂戴しちまうと・・

 「ワアァ〜〜イ!・・・・やったあぁぁ〜〜〜〜・・!!
 看板や紙切れに関係無く、
 ここに、無名のワシを認めてくれた人が居た!!」

と思わず叫びたくなり、もんのすごく嬉しく励みになります。
なんせ、根が単純なもんだから・・ !(^^)!

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