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尺八を携え歩いた四国遍路   8 逸話   H15/11/21 UP
                 
卍45 岩屋寺    

 岩屋寺へ向かう八丁坂の合流点からの見晴らしは、ええでっせ八丁坂より岩屋寺への遍路道ぇ。

 岩屋寺へは尾根伝いを歩き、薄暗い木立の中を通って行くと、古い杉の大木の森に入ったなぁ・・と思ったら、そこが「せり割禅定」で、愛嬌のある顔した真っ赤な大きな不動さんが、岩を背景に睨んでいます。

 ここら一帯は行場のようで「何とか童子」という幟が立っていたり、岩場から綱が垂れて登れるようになってたり、石仏の前には納札とよく似た札も置いてあります。

 いつも、ここへ来る毎に「せり割禅定」の休憩所付近で、杉木立へ向かって、しばらく尺八を吹いてます。

 そこからの景色が、今まで巡った箇所の中では、一番深山・幽玄の世界に合ってるようです。

 寺の堂内で吹くのと違って反響する物が全然無く、吹いてる音が木立に無限に吸い込まれるようで、同じ吹き方でも堂内より小さい音に聞こえます。岩屋寺 せり割禅定

 そこで、コンジョ出して音を大きくしようと、力一杯吹いたり、あきらめてソオッーと吹いても、それが吹いてる本人にとっては、聞こえる音の大きさがほとんど変わらんのです。

 音が吸い込まれるという状態は、うまく言い表せまへんが、吹いてるモンにすれば、これだけ吹いてるのに果たして遠くまで聞こえるのだろおか・・という不安感があります。

 これが風呂場でエコーが効いた状態で演奏すれば大きい音で上手く聞こえて安心できるのですが、そのような反響が無く、音が吸い込まれるような状態だからこそ、真の自分の音がわかるのかもしれません。

 二巡の時、「せり割禅定」の入口扉が開いており、だれか登っているようです。

 尺八吹いてると、オバハンが一人降りて来て、
「自分は、もうしばらく、この付近の石仏を拝んでるから、登るのなら鍵を開けておく」と言うので登らせてもらいました。岩屋寺 せり割禅定 この杉木立に向かって尺八を吹いた

 扉に入ると、すぐに狭い岩の間に太いロープが垂れており、それに掴まりながら岩を登ると平坦な狭い道が有ります。

 そこで終わりかと思ったら、もう一度ロープを掴んで岩を登り、フムフム・・これが最後じゃな・・と思ってたら・・・

 今度はデカイ岩に長い梯子がかかっており、さすがに・・これを上るのは怖かったなぁ。

 上り詰めた岩の頂上には、小さい祠が有りますが、そんなに広くありません。岩屋寺 せり割禅定

 360度のパノラマ風景で、落っこちたら死んじゃうと思うと、岩から手を離す気が起きまへんなぁ・・・実際に落ちて死んだ人がいるようで・・・

 このオバハンとは、もう会う事が無いと思ってましたが、その日の夕方遅く、大宝寺に着いた時と、次の日に浄瑠璃寺へ行った時に再会しました。

 オバハンも野宿で、大宝寺での夜は付近の公園のトイレで寝て、翌朝歩いてると車に乗せてもらえたので浄瑠璃寺まで来たと言いました。

 浄瑠璃寺では、オバハンは石仏・樹木等の一つ一つに手をかざし、その霊を導くように手を自分の体へ向けるシグサをしており、きっと信心深い人なんやろおなぁ。

 そおやって石仏等と「お話」しとるんだと言ってました。せり割禅定 最初の綱を上がった所

 遍路姿でなく地味なカッコウをし、おだやかな顔したオバハンで、人が素通りするような石仏や樹木に対しても丁寧に接し、ホンマに何かを信じきっている真摯な姿に好感を持ちます。

 浄瑠璃寺を出発する時、オバハンが他の石仏の前に居たので、あえて声を掛けませんでしたが、このオバハンには何故か別れの挨拶をしたかったので、オバハンのリュックの上に別れの言葉を書いた納札を置いときました。

 三巡の時も「せり割禅定」の杉木立の所で吹いてると、団体が登って来て不動さんの前で参拝し始めました。せり割禅定 二番目の鎖場

 終わった時に、供えた1合瓶の日本酒を盃一杯勧められました。

 σ(*_*)はホントは酒を飲めないコンジョ無しなモンですが、せっかく勧めてくれるのだし、盃一杯ぐらいならと思い飲みましたが・・・これがウマカッタ!!んですなぁ。

 今まで酒がウマイと思って飲んだ事はなく、仕事場の宴会などもイヤでしょうがなかった。

 しかたなく義理と人情で参加し、飲めない酒をゴマカシて少しだけ飲んでたんですが、この時だけは、ホンマにウマイと思ったのは、やっぱしお供えした酒じゃからだろおか?

 岩屋寺も情緒が有って良いんだけど、人が絶えず居るので「せり割禅定」の方が落ち着きます。

 せり割禅定 頂上  せり割禅定よりのパノラマせり割禅定からのパノラマ 

 車遍路の時、もう5時近くになり大師堂で参拝してると、たぶん住職だと思いますが、側で真言を唱えながら手で印を結んだりしてました。

 ほほおぉぉ〜「本日は、これでおしまい、また明日ね」という今日の最後の祈りかなぁ、珍しいモンを見せてもらったなぁ・・・と尺八を吹きなからチラッと横目で見てました。
岩屋寺 山門へ
 岩屋寺麓の国民宿舎「古岩屋荘」と八丁坂登口までの間の道は、観光客は行くようですが、歩き遍路はコースの都合のためか、あまり行かないようです。

 しかし、この道の途中から対面岩肌を見ると、岩の中に収まった大きい不動明王が奉ってあるのが見えます。

 高さ3mの「カヤの木による1本」モンらしいでっせぇ。

 昔の人があんな崖の中腹に高さ4mの穴掘って、そいでもって仏サンを入れたんだから、たいしたモンでんなぁ・・一度ぜひ見てくんなせぇ。

 「古岩屋荘」近くのバス停では、いつも野宿させてもらっており、たいてい他の野宿遍路の人も居ます。

 三巡目に行った時、そこで3人野宿しており少し話ししました。

 そのうちの一人は見た目には普通の40才ぐらいの遍路でしたが、話をすると九州から来た寺の坊さんで、若い時にこの古岩屋の岩場で3か月修行し、先ほどの道端から見える不動さんの上の岩場一帯が修行地だったそうです。古岩屋の不動明王

 その時に蚊に悩まされつつ修行した様子や、今回その修行地を久し振りに歩いてみたが荒れていたなぁ・・と話してくれました。

 また、けっこう知らされてない自分の寺の内緒話や逸話も話してくれました。

 その逸話の一つが、寺の屋根を修理する際に、修理予算を出して寄付金額を頭割りにし、檀家へ寄付要請するのが普通だが、檀家の中に一件の貧しい家があった。

 寺の寄付金ちゅうもんは、数万円という額ではなく数十万以上の単位です。

 檀家総代は、その貧しい人がお金で恥ずかしい思いをしないように、あえて寄付金額を決めず、他の人にも全て任意の額として通知しました。

 足りなかったら自分達で何とかしよう・・と相談し、寄付金を集めてみると、その貧しい人は、どこでどうやって都合したのか、他の人と同じ高額な寄付金を持って来ました。古岩屋のバス停

 坊さんもその家が、どうしょうもないほど苦しいのがわかっているので、
「気持ちは十分受け取った。だけどこの金は必要と思われるので、どうか自分のために使ってくれ」と粘り強く説得したが、その人はどうしても受け取らなかったそおです。

 屋根修理した際には、載せる瓦に寄付した人の名前を書くらしいですなぁ。

 坊さんは、修理した屋根の一番高い良い場所を選んで、その人の名前を書いた瓦を置いたそうです。

 σ(*_*)は寺の寄付金集め等に関しては、あんまり良い感情を持っていまへんが・・・
 ううむぅぅ・・坊さん、なかなか、やるじゃん・・そして檀家総代の人達も・・。

 この坊さんは寺を巡ってる時、普段は白色の納札を使ってるそおですが、どおしても金札が欲しがってる人がわかるらしく、その時は、その人の来る前にソオッ〜と自分の金札を置いておくらしいです。

 この坊さんには「現代の葬式仏教は、間違っとる・・」というようなアホな事を言って、ケンカを吹っかける気には何故か出来ん雰囲気がありました。古岩屋

 目が輝いており、立ち居振る舞いや、黙っていても何となく静かな威厳が有るもんだから・・

 何かわからん事や疑問に思ってる事を聞くなら、この坊さんだと思ったんですが、残念ながら、そん時は何も思い浮かばなかった・・・・今なら聞く事が有るのに・・・

 疑問等は本や活字で読んでも、わかったつもりになっただけであり、本当の深い意味までは、よぉ〜理解出来ないもんです。

 やっぱし面と向き合って、対話しないと・・

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