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          (さぎりの里・上野の大杉・風伝峠)

 H19.10.5 UP 役所、熊野古道、本宮道  遍照の響き 

  「風伝峠」地図
の掲載は、東紀州ITコミュニティ様の了承を得ております。

「役所」の落人伝説

さぎりの里大杉へ

 国道から「大杉」へ向かってテクテク・・・

 数日前に車野宿した「さぎりの里」が遠く離れて見え、あれが歩く道筋の近くに有ったら寄って休んでいたのになぁ。

「役所」地名の云われ

 「さぎりの里」近くの石垣付近に案内看板が建っておりましてなぁ、あの付近の地名を「役所」と言うらしいです。

 そいで看板に、その地名の云われが書いてありましたが、残念ながら「云われ」の看板内容をデジカメに撮るのを忘れっちまい・・トシなもんで・・。

 ウロ覚えながら・・違ってるかもしれまへんが・・・上野の大杉

 むうかあ〜しぃ・・むかし・・、この地方に悪代官?・・山賊だったかな?・・いや、NHケィという天下り特殊法人だったかな?・・

 まぁいいや、そのようなタグイの悪いヤツが居たらしいです。

 その悪いヤツらは「受信契約しろ」と毎日しつこく、朝昼晩の区別無く、押し売りのように責めて来ては村人達を困らせていました。

 そこへ情けなくも戦いに敗れちまい、野に隠れ伏し、草を噛み、足にマメをこさえながら山を越えて逃れ来た落人達が来ました。

 えっ?・・なんの戦で敗れた落人か?・・・すんまへん忘れました。

 しかし、平家落人の心境を唄ったと云われる「越中五箇山」の「麦屋節」があります。

 
♪ 波の屋島を とくのがれ来て
        薪伐るちょう 深山辺に

  
(屋島の戦いで敗れ、追っ手を振り切りながら大杉の境内
  遠く逃れて来て、
   今はだれも知らない深い山の中で、
  ひっそりと薪を採っている)


 
♪ 心さびしや 落ちゆく道は 川の鳴る瀬と 鹿の声
      
(心細い思いをしながら、落ちて行く道には 
       静けさの中に川の瀬音と鹿の声だけが聞こえる)


 
♪ 烏帽子 狩衣 脱ぎ打棄てて  いまは越路の 杣刀
      
(かっての栄光の象徴である烏帽子や、華麗なる狩衣を脱ぎ捨て、
       今では越路の山中で、粗末な山刀を握っている)風伝峠へ向かって


 たぶん、こんな心境だったんでしょうなぁ。

 落人達は村人が泣いて困っているのを見て、カワイソーにと思いながらも、ここで目立つ事をしちまったら敵の追手にバレちまいます。

 どうしょうかと迷った事でしょうが、ワシと同じように義理人情に厚い落人だったらしく、村人を困らせている代官だか山賊だかNHケィだかをやっつけてくれました。

 村人達は大喜びして、赤飯を炊いて近所に配り、ジャリタレのために餅蒔きをし、若い衆の機嫌を取るために「ヨサコイソーラン踊り大会」を開催しました。風伝峠の石仏

 そして、その記念式典の席上において村人達は、落人達にもう隠れ逃れる事なく、このまま村に留まり、ぜひ村を治めてくれという要望書を落人のオヤブンに提出しました。

 落人達にしてみれば隠れ住みながらキノコとか、ゼンマイ等の山菜ばかり食べていたので、いいかげん粗末な菜食生活に飽きが来ていたところです。

 そこへ村の衆から、赤飯とか餅等のゴチソウのお裾分けが有ったもんだから、すっかり里心が付いちまい・・ボチボチここらでマトモな職に就いて生活をしたいなぁ・・・と思い始めていたので快く了承しました。風伝峠の石畳

 落人達が村を治め始めると、村は活気を取り戻して発展し始め、それと共に落人の話がどこからともなく広まり、その噂はお上の耳にも達しました。

 しかし、お上はその善政を「良し」とし、格別のお慈悲をもち「そのまま村を治める事を許す」という粋な計らいをしました・・・エライでんなぁ。

 そいで、落人達が村を治めてた場所が「役所」という地名になったそうです。

 あの・・念を押しますが、これホンマにウロ覚えなので、「云われ」のスジがどこかの伝説とゴッチャになっとるかもしれまへん。

 正しくは「さぎりの里」近くの石垣付近に有る看板を読んでくんなせぇ。m(_ _)m風伝峠の石畳

上野の大杉

 話しをもどして・・「大杉」集落に入りT字路近くの石垣付近に大きな杉が2本生えております。

 チョット見た目には神社かな?と思いましたが、それが「上野の大杉」で隣は学校のようです。

 農道を歩いて風伝峠へ、テクテク・・・それほどキツクない山道には、石畳が残ってました。

風伝峠

 山道から車道に出たなぁ・・・と思ったら、そこに風伝峠のスタンプ箱が有ります。

 人通りの多い場所だったら、だれかイタズラしたり盗んじゃったりするのでしょうが、ちゃんとスタンプが有りました。 !(^^)!

 風伝峠のスタンプ台  風伝峠 付近  食堂「茶屋」

 少し車道を歩いて再び山道へ・・・山道を出て車道に出る付近で家の屋根が見え、車道に出てみると食堂になっとります。

 店は新しそうで、名前も「茶屋」となってますが、この車道を日中どれだけの数の車が通るのやら・・風伝峠の石畳

 歩いてる人も、そんなに多くは無いと思うが、果たして経営は成り立つんかいなぁ・・・と、いらん心配をしちまう。

 「茶屋」を少し通り越した所から、下りの山道へ・・・律儀にも石畳が残ってます。

 山道を歩きながら車の騒音が聞こえてきたら、もう風伝峠越えはおしまい。

 後は国道をテクテクテ・・・

 風伝峠より 国道との合流点 国道を歩く

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