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会津三十三観音霊場記

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尺八を携え巡った会津霊場

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会津鶴ケ城

会津周遊バス「ハイカラさん」

 天気予報が当たって、朝から雨なので今日は会津観光・・・会津駅前・白虎隊像

  事前調査で会津市内には、「ハイカラさん」と「あかべえ」という愛称のある観光周遊バスが500円で1日乗り放題というのが有る・・というので、会津若松駅前のバス案内所へ行きました。

 駅前の白虎隊の少年像も雨に濡れ、寒そうでんなぁ。

 バス案内所で、地図と時刻表をもらい、バスは30分毎に出発しているようです。

 「ハイカラさん」は小型ボンネットバスで、オバハンが運転しており、この後、何度か「ハイカラさん」に乗りましたが、運転手は女性でオバハンかオネエチャンでした。周遊バス「ハイカラさん」

 なかなか、ええでんなぁ・・このバス。

 狭い道も入って行かにゃアカンので、小型バスなんでしょぅが、観光客にとっては、低料金で一通りの観光地付近まで手軽に移動できます。

 普通ならトッツアンが運転するんじゃけれども、全て女性運転手にした所が一ヒネリしてあり、そのアイデアによりプラスαの効果が有ると思う。

鶴ケ城

城内

 始発バスは15人ほど乗っており、「鶴ケ城北口」でドヤドヤと降りた団体の一人が
 
「一ヶ月前に来た事が有るから、ワシが案内してやる。ワシに付いて来い」
 と団体を誘導して行ったので、「そおかぁ・・」と思って付いて行くと遠回りだった。

 もっとも「鉄門」から入ったので、近道の方から行ったら「鉄門」は見れなかったかもしれない。

    鶴ケ城・鉄門(くろがねもん)     鶴ケ城 天守閣

 入場券を買って入った時、写真撮影はOKかと聞くと、1・3・5階は良いらしい。

 いきなり入った石垣に囲まれた入口が「塩蔵」で、ここはOKだと確認した。鶴ケ城 お姫様の間

 どおしても写真を撮りたい・・という場所は無かったが、「お姫様の間」みたいのが有ったので、せっかくだから撮影しといた。

 「お姫様の間」にもちゃんと刀架があり、刀を飾っていたのですなぁ。

 頂上に上がっても、雨が降っていたので景色はあんまり良く見えまへん。

「こづゆ」

 城内部の展示物に郷土料理「こづゆ」というのが有りました。

 これを見た時「あれっ?・・これって・・越後屋の正月のお雑煮と同じ物じゃねぇか」と思った。鶴ケ城よりの展望

 越後屋の故郷は新潟で、正月のお雑煮は、展示されてるような「こづゆ」と同じように、汁の中に野菜のような物がゴタゴタと入ってます。

 σ(*_*)の故郷(富山県)のお雑煮は、アクセント的な物が少し入ってますが、澄まし汁風に餅が入ってるだけで、ほとんど余計?な物が入ってなく、全く違ってました。

 最初見た時、思わず
「何?・・これ?・・どこがお雑煮なの?・・野菜を入れただけの雑煮(ざつに)じゃないの?」と言って、正月始めから文句言っちまった。

 でも、ここで「こづゆ」を見ると、この付近では宴席にも出るような特別な上流の食べ物だそうです。

  越後屋の故郷と会津とは隣県なので、そこら一帯付近では、こおいうのが正式な正月料理なのかもしれん・・知らぬ事とはいえ、ずいぶん失礼な事を言っちまった。

 ところで、この城はσ(*_*)は単純に「会津城」と呼ぶのかと思ってましたが、「鶴ケ城」「会津若松城」「黒川城」というのが通称らしいですなぁ。

 城を降りて公園の茶室へ行くのに、雨が強いので傘ではアカンと思い公園の「休み処」で雨合羽を着ました。鶴ケ城 干飯櫓と走長屋

20年ほど前

 今から20年ほど前に子供を連れて、この会津鶴ケ城へ来た事がありますが、その頃、城は修繕中で青いビニールシートが掛かっていました。

 だいぶ記憶が薄れていましたが、この「休み処」付近を子供と話しながら歩いた記憶がよみがえった。

会津藩校 日進館

 その時は「会津藩校 日新館」へ子供を連れて行き、入口には「援軍来たる」とかいう幟が立ってました。鶴ケ城 武者走り

 参観者が入場する毎に、侍のカッコウしたトッツアンが太鼓を「ドーン・・ドーン・・」と叩いて援軍来場を歓迎してくれていたが、今もやってるのかな?・・今回は行かなかったが・・

 当時、他の戊辰戦争等の資料館等を見学した時、これを薩長の人たちが見学したら、あんまり面白くないだろなぁ・・という感想を持ってました。

勝てば官軍

 今回の会津観光では時代の流れでしょうか、当時ほどの「薩長憎し」という表現は見られなかったように思い、「薩長」という単語ではなく「官軍」という単語を使ってるからかもしれまへん。

 しかし、白虎隊の悲劇や会津落城までの戦いは、後世まで語り伝えられますねぇ。

 「判官贔屓」ちゅう言葉もあり、戦に敗れて落城という悲劇は、ある程度美化される事も有ると思いますが、それでも一生懸命に戦い、武運つたなく破れた人達の行動が伝えられ、後の世の人たちの共感を呼んでるのは、たいしたもんだと思う。鶴ケ城 天守閣

 これが、ろくに戦いもせずに我先に逃げて、秩序も無く混乱を極めてたら、後世まで語り伝えられる事はなかったでしょう。

 普通ならば「勝てば官軍」で、勝った方は自分の都合の良い好き勝手な理屈付け、「勝った方に正義が有り、負けた方が絶対に悪い」と言い触らすでしょう。

 ちょうど日本が太平洋戦争で負けたので、近隣のウットオシイ国が「日本は反省が足りん」と言って日本にユスリ・タカったり、その関係スジの平和?団体の人達が「日本が悪だ」と言い触らしているように・・・(^O^) ナハハハハ・・・

鶴ケ城公園

 同じ公園敷地にある茶室「麟閣」へ行きましたが、なんせ雨が降っており落ち着いて見れなかった。
 それでも写真だけは、バシャバシャ撮って来たが・・・鶴ケ城 茶室「麟閣」

 たいていの観光客は、入って来た北口方面へ戻って行きますが、バス停までの距離が、たいして変わりがないので「廊下橋」を通って「鶴ケ城三の丸」へ行ってバスを待ちました。

 この「廊下橋」は、言い伝えでは釘一本を抜けば橋が落ちると何かに書いてあったが、ホンマか?

鶴ケ城 茶室「麟閣」鶴ケ城 茶室「麟閣」 鶴ケ城 廊下橋鶴ケ城 廊下橋

バス停

 バス停は屋根の無い所だったので、近くの博物館の自転車置き場の屋根下で、雨宿りしながらバスを待ちました。

 できれば、バス停の近くに雨宿り出来る施設が有ったらいいなぁ・・・晴れた日ばかりじゃないんだから・・・

 来たバスには、だれも乗っておらず、乗客は越後屋と二人だけでした。

 今朝、バスに乗っていた団体の話しを聞いてると、満員だと乗せてもらえず、次のバスまで待たにゃアカンと聞いてたのでホッとした。「ハイカラさん」バス内部

 ちなみに掲載の写真は、記念にバス室内を撮ろうとしていたら、バスが動かないので運転手のネーチャンに「
ちと、写真を撮らしてもらいますので・・」と断って撮った物です。

 ネーチャンは頷いて、デジカメで撮る間、待っていてくれました。

 やっぱり運転手としては、座れる場所が有るのに乗客が立っていると、発車した時に転んでケガでもされたら、ドエレエことじゃ・・と心配したんでしょうなぁ。

 すんまへんねぇ・・他の乗客が居たら撮る機会がなかったやろおし・・・
 雨滴で座席は濡らすしぃ・・・。

 越後屋は、手にしっかりチケット持って、放心状態で、ボオッ〜としとるしぃ・・
 みっともないので、あんまり写真を見ないでね。

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