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    「3 紀伊田原〜海沿い〜古座〜地蔵峠越え」地図
  
       2011.4.11旅行    2012.2.27掲載  

塩造りのジサマ

海岸沿い

      田原川沿い、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文      田原町、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文 

 昨日の昼にオニギリを食べた「田原川」自転車置き場近くに車を置いて、早朝7時に出発。熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 国道42号線をテクテク・・歩き、「田原町」より1km付近までは海側に歩道がありますが、途中から歩道はありません。

 そのまま海側の左側路肩を歩きました。

 はい、左側を歩いたので交通ルールを無視してすいまへん。
 なんせ、どおしても海側の写真を撮りたかったもんでして・・

 歩いてると、バス停「古座ビイラ口」の山側に地蔵さんが4体有りました。
 この云われを知ってる人がいたら教えてね。

古座ビィラ   熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文   熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

「大柿」付近、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 海の写真を撮りながらテクテク歩いてると、やがて「大沛」の岬付近の海岸岩場に、一人のオババがボケエェ〜と座ってるのが見えました。

 近在のオババが海草を採りに来て、「ヨッコラショ・・」と一休みしてるんだろお・・ノドカですなぁ・・と思ったんです。

 そしたら、オババが座ってる付近の流木に遍路笠が置いて有るのが見えるじゃありまへんか。熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 いくら生活に困ってるカワイソーな海草採りのオババでも、あんな笠なんぞ被らず、もおチット現代的な帽子のようなモンを被りますわなぁ。

 今時、遍路笠を恥ずかしくもなく被っているのはσ(*_*)ら位だと思い、ここで初めて先を歩いてた越後屋が海岸で休んでいるのだとわかりました。

 危なかったなぁ・・・気付かずに行っちゃってたら、「大柿」付近、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文
「私に気が付かないなんて、もう私を愛していないんだわ。

 アンタは薄情な人だから、知っていても知らんフリして、私を置いて逃げて行ったんだ。」

と妄想たくましく泣きわめき、事ある毎に死ぬまで言われ続けられるところだった。

 海岸に降りて行き、後ろから優しく
 
「どおしたの?・・いとしいハニィー・・・。」

 クルッと振り向いた美しい越後屋が、つぶらな瞳に涙を溜め熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文
「ダァ〜リンと離れて、一人で歩いてサミシかったの・・・・」
と言うかと思ったら

 「ケッ・・ウソこけぇ〜・・
 心にも無い、白々しい事を・・」

とソッポ向いて言います。

 ん?・・どおして、わかったんじゃろお。

製塩所

    熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文       熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 越後屋と仲良く?一休みしてから再び出発して、しばらく行くと先を歩いていた越後屋が、日焼けしたジサマと話しています。塩造りのジサマ、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 近寄り挨拶をすると、これからの行程を聞かれ
「塩が有ったら、やりたいなぁ」と言います。

 へえぇぇ〜・・この付近で塩を作ってるのかな?と思って聞くと、すぐそこの国道脇で作っているというので、話しの種に見学させてもらいました。

 製塩所・・と言っても、そこらに落ちてる廃材で組み建てたような、失礼ながらボロッチイ小屋で、入口には「ここは廃材置き場ではありません」という看板が立ってます。

 うむうぅ・・知らん人が見れば・・いや知っていても、だれかがワザと廃材を捨てていくヤカラが居るのかもしれん。白犬、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

白犬

 製塩所に近づくと、白い犬がビッコをひきながらシッポ振って走ってきました。

 よく見ると後ろの片足が無く、3本足でそこらを駆け回っており、ジサマに聞くと交通事故で足を失ったらしい。

製塩釜

 製塩所では二つの大釜に海水を入れ、廃材を燃料としてガンガン燃やしており、釜の錆が出るのか茶色の湯がグラグラ煮立っており水煙を上げてます。

 この釜一つを煮詰めて塩を造るのに、どれ位の時間で塩が出来るのかと聞くと
 
「さぁ・・わからんなぁ・・」
 あららぁ〜・・・

生涯遍路

 ジサマは10年くらい前にUターンして塩を作り始めたそおで、青春時代からそれまで何をしていたのか、その経歴にもんのすごく興味が有ったが、聞くと悪いかなぁ・・と思って聞きませんでした。

 このジサマを最初に一目見て話した時に、あぁ・・この人は、他の人がやらない、何かをやって来た人だなぁ(良い意味の)・・と思ったのです。製塩所、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 つうのは、その風貌というか雰囲気が、四国で永年ホッツキ歩いてるσ(*_*)の知っている生涯遍路さんと良く似ていたんです。

 生涯遍路さんの中にも、ピンからキリまでいろんな人達が居て、逃げの生活の人も居れば、何かがわかった人も居て、この人は後者のような気がした。

 後で越後屋に聞くと同じように生涯遍路さんを思い浮かべたと言いました。

ジサマの話

 塩は商売をするために作ってるわけではなく、話しを伝え聞いた人が15人ほど手伝いに来て、その人達にだけ5kgづつ持っていかせる。製塩所、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 どこだかの料理人が、この塩で料理を作ったら、もんのすごく美味しかった。
 ぜひ譲って欲しいと言ってきた。

 海水を汲んでそのまま煮詰めているので、海水のミネラル分が含んでいる・・等々。


 ふむふむ・・確かに現在の製塩方法は、イオン交換膜法とかになってたなぁ。

 以前、某地方で勤務していた時に聞いた話ですが、昔の製塩は重労働でキツかったようで、「昔は製塩をしてる所にはヨメに行かせるな」と、その地方では言われたらしい。

塩泥棒

 終戦時に9才だったが、その頃ここら付近では、あちこちで塩を作っていた。塩造りのジサマ、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 その時に、家でも塩を造っていたが、やっと出来上がったと思ったらその晩に泥棒に入られて塩を持って行かれてしまった。

 その時、子供心に
「ドロボーとは、いいなぁ〜・・。
出来た頃を見計らって持って行けば良いもん・・と思った。」
と笑いながら話します。


 普通なら泥棒に入られると悔しがるのだが、その発想が面白く、こちらも思わず笑った。

放浪

 話してる途中、何度も盛んに「塩が有ったら、やりたいんだけどなぁ」と残念がってましたが、「その気持ちだけで、十分にありがたいです」と言いました。

 何となくこのジサマも、全国を放浪してたような感じがするんですよねぇ。

 手伝った人にさえも5kgしか分けないほど苦労して造った塩を、偶然出会った見も知らぬσ(*_*)らにくれようとするのは、ジサマも同じ放浪のニオイを感じ取ったのかもしれない。

 ジサマの何とか自分で出来る範囲で、σ(*_*)らに力になりたいという気持ちが伝わって来ました。

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