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 自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文      清澄寺 極真空手発祥の地      遍照の響き
    安房國札34観音地図−4 「天津小湊」「鴨川市」「和田」「丸山」 付近
     2012.5.20 巡礼     2013.3.4 掲載

清澄山の極真空手と「奥の院」

極真空手発祥の地

山籠り伝説

 安房天津駅前のバス停から、朝7時52分の発のバスに乗り清澄山へ行きました。

 バス代が200円と安かったのは、コミニュテイバスだからだと思い、乗客は清澄寺まで、だれも乗っておらず貸し切り状態・・・赤字だろなぁ。安房天津駅

 清澄寺バス停付近より、まずは「極真空手発生の地」碑がある所へ。

 そおですがなぁ・・・団塊世代の今ではジサマになってる人達が、一度は目にしたと思うあの「空手バカ一代」のマンガで有名な、大山倍達がここで山籠もりの修行した地なんですがなぁ。

 σ(*_*)も美青年の頃、九州・福岡で空手をやってたので、「山籠もり修行」していた場所に、もんのすごく興味がありました。極真空手発祥の地へ、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文

 「極真会」の人達が道場の練習を見学に来た日は、自由組手が、いつもよりキツかった・・と思い出しつつ・・・駐車場から山道を上がりました。

 それほど遠く無い所に、休憩所と一緒に「極真空手発祥の地」記念碑が有りました。

 しかし、来てみるとこの場所では「山籠もり修行」にならんなぁと思った。
 なんせ清澄寺の屋根が、すぐ近くに見えるんだもん。

 わざわざ俗世間と縁切り状態にして「山籠もり修行」するならば、何も有名寺へ信者が押し掛けて来る?場所付近を選ばなくてもよいと思うが・・・

 記念碑つうもんは、その痕跡・・「発祥の地」を言うならば、実際に山籠もりしていた洞窟とか、住んでいた小屋跡付近の場所に立てるもんだと思う。

 わけても「発祥の地」と題するならば、なおさら事実に即した一番重要な場所に建てるべきではないじゃろか。

実際は・・・

 この原稿を書いてる時に、やっぱり、どうしてもこうしても「山籠もり修行」していた、具体的な場所を知りたくてネットで調べてみました。

 そしたら「酒たまねぎや」というホームページに、「大山倍達正伝」という本を引用した記事が載ってました。

 記載内容の文言は、ちとキツイですが一番分かり易いと思います。

 で・・・結論から言えば「山籠もり伝説」はウソでした。
 どおじゃ、まいったか・・・(^O^)ナハハハハ・・・
清澄寺 極真空手発祥の地
 はい・・しかも当時から今まで「スゲエなぁ〜・・」と思い信じ込んでいた「空手バカ一代」の記載内容、全てほとんども・・・

 おいおい、トッツアン・・・どおしてくれるんじゃ。

 人を疑う事もしなかった純情可憐なる旧美青年の心を、もてあそびやがって・・・・・

 まぁ・・マンガの世界を信じるなんて・・と言われるかもしれまへんが、大山倍達が著作した本にも、マンガと似たような事が書いてあり、根が単純でお人好しなもんだから、すっかり今まで信じ込んじゃってました。

 たぶん、σ(*_*)みたいに、あのマンガ内容を今も信じてる団塊世代の人が多いと思う。

 もっとも、それはそれとして、この人は、この人なりに日本の空手に大きな影響を与え、ホンマに強い人だったと思います。

17番「清澄寺」

千年杉

 清澄寺・山門、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文    清澄寺・仁王、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文    清澄寺・千年杉と境内、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文

 清澄寺は朝早いためか参拝客が、ほとんど居ません。

 境内には、今をときめくS学会の犬作先生が、ウソこいて笑われたという逸話の有る「千年杉」がデェ〜ンと立ってます。清澄寺 千年杉

 はっ?・・、その逸話の内容ですか?

 犬作先生様が、ここに来られて杉を撫でながら
「久しぶりだねぇ。700年ぶりだねぇ(日蓮の生まれ代わりだという印象付けるため)」と言ったらしい。

 しかし、この杉の樹齢は250年位だそうな・・・皆様、お楽しみ頂け、笑ってもらえたでしょうか。

観音堂

 境内に観音堂が有ったが、果たしてこれが札所の観音堂なのか?と、ちと疑問に思い、気のせいか、あんまり札所・・という気がしない。清澄寺・本堂、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文

 ネットで調べた時や、地図では旧道というか参道の山道に観音堂があったのです。

 正直言ってσ(*_*)は日蓮宗は、あんまり好きではないが、本堂で「手向」を吹いて参拝しました。清澄寺・観音堂、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文

 好き嫌いではなく、これはこれ、あれはあれだから・・・

 境内のどこかに有るらしい日蓮さんの像を見ても面白くないので、早々に引き上げる事にしました。

清澄寺・中門、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文  清澄寺・モリアオガエルの池、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文  清澄寺、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文

旧道清澄寺・旧道へ、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文

下り口

 境内に尼さんが居たので、旧道の下りる道を聞いたが知らないようで、バスの運転手に聞いた時も知らなく、皆口をそろえて「車道を歩いて下りる」と言います。

 山門前の土産屋で、ジサマがボォッ〜として道端に座っており、やっぱりダメかもしれん・・と思いながらも旧道の下りる道を聞きました。清澄寺・旧道階段、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文

 そしたら、さすが門前で商売しているだけあって旧道を知ってました。

 耳が遠かったので、聞き出すのに苦労したが・・・。

 バス駐車場付近に下りる階段が有り、もしかしたらここでは・・と目を付けていた所が、やはり旧道への下り口でした。清澄寺・旧道、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文

 階段を降りると、それらしい宿というか何というか・・そんな風な家が2件ほど続いて建ってます。

 たぶん車道が出来るまでは、繁盛した宿だったと思う。

奥の院

 階段を降りて舗装道路を少し行くと、小高い所に小さい赤い建物があります。清澄山・女人堂遺跡、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文

 チラッと見た時には、大した堂でも無いだろおと思ったのですが、階段入口の白杭には「札所・奥の院」と書いてあります。

 するってぇとぉ・・・、清澄寺の境内にあった観音堂も一応札所だったのかな?・・あそこには「札所」とは書いてなかったような気がするが・・・。清澄寺 奥の院 札所

 階段を上がってみると、周囲ブロックの全てが赤色で塗られており、鉄の扉が閉まってたので開けてみると、簡単な祭壇に石仏が一体置いてあります。

 あんまり人が来ないよおで・・そうだわなぁ、来ないわなぁ。清澄寺 奥の院 観音堂

 なんせ旧道の存在さえも、知られてないのだから・・・・

 それても、だれかが掃除しに来るよおで、堂内はキレイにしてあります。

 しかし、ここが「安房国札34観音霊場、17番 清澄寺」のホントの札所だと思う。清澄山・旧道、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文

 巡ってる人で、何人この「奥の院」の存在を知ってる人が居るじゃろか?。

 ほとんど知られる事も無く、たぶん清澄寺境内の観音堂が札所だと思ってるじゃろなぁ。

 σ(*_*)はネットでこの堂が有るらしいのは知ってましたが、その場所がわからず、また旧道の出入り口もわかりまへんでした。

 ちなみにネット検索しても、この「奥の院」を紹介しているブログは2件しか見つけれませんでした。

 「本調」を吹いて参拝し、納札と五円玉を置いておきました。清澄山、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文

 道を下ると人家が有り、失礼ながらこんな所に、よく人が住んでると思う。

車道との合流

 やがて車道に出て写真を撮ってると、下から若いアベックが上がって来ました。清澄山、自転車で巡った「安房国札34観音霊場」紀行文

 話してみると、これから清澄寺へ行くと言うので、今通って来たショートカットの旧道を知ってるか?と聞くと知らないというので教えてあげました。

 やっぱり登山者にも、知られていないんだなぁ。

 麓から、ここまで1時間ほどかかったそうです。
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