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   2012.7.10 掲載遍照の響き
   2012.7.12 追記

遍照の響きライン

「洋山流」尺八

洋山流の現状

 私が習った尺八は「洋山流」と言い、あんまり有名ではありまへん。遍路風景、洋山流尺八
 ・・と言うよりも、ほとんど知られていない無名に近いと言った方が良いかもしれません。

 尺八界でも少数の人は知ってるが、知らん大多数の人は流名を言っても「何それ?」という顔をされる事が非常に多かった。

 遍路・巡礼しながら尺八を吹奏していても、流名の看板とか免状の紙切れを振りかざすつもりは無いので、納札には流名を書かず、竹号も資格がわからんように竹号の一字しか書いてまへん。

 寺社で献笛するのならば、流名と竹号を略さずに書くべきだとは思いますが、なんせ、どうしょうもねえ、ひねくれたアマノジャクな性格なモンでして・・・。(^O^)ヘッヘッヘッヘッ・・・

 肩書きなんぞの先入観が無い人に尺八を聞いてもらい、その善し悪しを判断してもらえば、それでええと思ってます。

初めて習った尺八

 私が美青年の頃(昭和60年頃)、能登半島の先端・石川県珠洲市に転勤した時、近所に尺八の先生(亀田鵬山・無相庵)が居られたので初めて尺八を習いました。遍路風景、洋山流尺八

 尺八というモンは虚無僧の曲しか吹かないと思って習ったのですが、どうも地唄等という三味線・琴と合わせる曲しか教えてくません。

 「虚無僧の曲は、いつ頃教えてもらえるのか?」と聞くと、「それは琴古流で、この洋山流は都山系統なので無い」と言われちゃい、その時に初めて、琴古・都山流の二大流派が有るのがわかりました。

 しかし、習い始めたばかりで、また付近には琴古流も無く、今さら止めるというワケにもいかんので、そのうち何とかそれらしいのと出会うかもしれん・・とそのままやり続けました。

洋山流とは

 洋山流の事について聞いてみると、宗家(勝田洋山)が都山流の商業的考えに合わないので離れて一派を起こしたらしい。遍路風景、洋山流尺八
 (ここんとこは、都山流の人はオモロないかもしれまへんが、そのように聞きましたので、ご容赦のほどを・・)

上田流との関係

 ネットで「洋山流」を検索すると、チッコイ流派なので、その詳細を掲載してある物は、ほとんど無く、書いてあっても「上田流から分かれた」としか記載されていなく、それ以上の詳細記事を見た事はありません。

 しかし、そのような掲載記事を見るたびに、常々「ん?・・そうなの?」と疑問に思っていました。

 つうのは、少なくとも私は、そのような事を師から聞いた事が無く、当時は「上田流」という流派も知りまへんでした。

洋山流40年のあゆみ

 手元に「洋山流40年のあゆみ(昭和58年)」という、演奏会写真・会員名簿・流史のような事が書いてあるアルバムが有ります。
遍路風景、洋山流尺八
 それによると都山流と別れた経緯が
「声明書として載っており、そのまま書き写してみますが、著作権やら何やら・・と、ややこしい事を言われましたら即座に削除しますので、ご了承のほどを・・・。

「 声 明 書

 尺八の神髄は、これが持つ音色の神秘性が、悟りに入る近道であること今さら贅言を要せず。
 尺八入門は個性の陶治が其目的であり、その道程は、一つの絶対的行たるべきなり。

 かくて尺八は尺八楽ならず、尺八道なりと、夙に余輩の提唱し来れるところなり。
 故に、作曲、譜付、吹奏、表現はもとより、その他、門人の養成、団体の組織制度に至まで、すべて此尺八道の神髄を把握して編成し、錬成するに非ざれば、技巧の末節のみ弄して尺八本然の精神を失ふこと理の当然なり。

遍路風景、洋山流尺八 余、斯新に志して、三十年に及ぶと雖も、常に尺八道の本義に則り、流派に拘はる所なく、菲才自らを鞭打ち、微力を尽して、研鑽し来れり。
 而して、今日、遂に都山流の性格と全く相容れざるに至れるを知れり。

 事ここに及び、徒らに情誼に捉はれ遲疑逡巡し現状に止まらんか、自他を欺くの愚を自ら敢てするのみ。
 今や、世界戦争正に酣にして皇国の興廃を賭する決戦下、断然過去の因習、絆を絶って大道につくべき秋なりと確信す。

 ここに都山流を離脱して、自らの尺八道に邁進すべく、その使命に挺身を誓うと共に、敢えて天下に其志をいたすの決意を宣言し、併せて、各位往来の御厚誼を謝し今後の御声援と御鞭撻を乞う次第なり。遍路風景、洋山流尺八

     昭和十八年八月一日
              羊山改
                勝田洋山         」

 このように都山流から離れたとは書いてありますが、上田流から離れたとは書いてありまへん。

服部洋山

 ネットで調べた限り「服部洋山」という人が、「「上田流」から分かれて「洋山流」を起こした」ように記載されてますが、それ以上の詳細な事が書いてある掲載文は、まだ見た事がありまへん。
 どなたか、この事について御存知の方は教えてください。

 そこで「服部洋山」さんについて調べたのですが、詳細や現在の活動状況は全くわからず、もし、この方の「洋山流」が今も存在・活動しているならば、同名の「洋山流」が2つ存在する事になります。遍路風景、洋山流尺八

 そいでもって現状では「洋山流」=「上田流から分かれた「服部洋山」さん」の方だと思われる人が多く、通説?のようになっているようで、勝田洋山宗家の「洋山流」の存在は忘れ去られちまってる気がする。
 気のせいならば、ええんだけど・・・・

勝田洋山

 残念ながら私の方は弱小流派のためか、それとも慎み深い人達が多くて声を上げる人が居ないのか、はたまた派手に宣伝・広報・CMしたり、チラシの配り方が足りんのか、「洋山流」=「勝田洋山」宗家」の存在も有るという事が、尺八界では全く知られてないように思う。

 別に本家本元争いをするつもりは、サラサラ有りまへんが、私は「自分が習った洋山流は上田流から分かれたのでは無く、都山流から分かれた勝田洋山宗家の洋山流」だと思っており、このような「洋山流」も有るのだと尺八界の皆様に知ってもらいたいと思い、これを掲載しました。

 以上この件に関して何か御存知の方は教えてください。

逸話

 ちなみに私の亀田師は、勝田宗家の直門で当時の事等を良く聞いており、戦時中は軍関係の人達が門下生に多かったらしく、師も陸軍将校の飛行機乗りでした。
遍路風景、洋山流尺八
 エピソートと言うか、なんちゅうか・・・・

 師が宗家を初めて訪ね、尺八を教えてくれるように頼みに言った時「良いでしょう」と言ってくれましたが、別の日に上官が頼みに行った時は断られました。

 宗家は教えるにしても人物を見てから入門を決めていたらしく、その上官はクセが有る人だったそうで、それを見抜いたので断ったようで、何でもかんでも良いから弟子を取ろうとしてたワケで無いかったらしい。

洋山流支部

 今はどうかわかりまへんが当時の洋山流支部は、千葉・東京・佐原・会津・能登に有り、能登は「北陸洋山会」と称しており、アルバムの会員数を見ると一番多く、私が所属してました。

 師には3年間だけ習い、その後はあちこちと転勤しちまったので、いつの間にか会費も払わなくなったので、たぶん今では会員名簿から削除されてる幽霊会員でっしゃろなぁ。
遍路風景、洋山流尺八
 師より教わった技巧的な物は別として、口伝というか、奥義というか、何つうか・・は「勝田宗家から「尺八というもんは、ソオッと吹くもんだよ」と教えられた。」だけです。

 亀田師は既に亡くなってますが、それでも今の尺八を一番に聞いて欲しい。

 以上、全国に散らばっている、「洋山流」尺八に縁有る人達の目に止まれば幸いです。
 たぶん「洋山流」を習った人では、勝田洋山宗家の派筋の方も多いと思いますが・・。

洋山流支部・関係者

 洋  山  流 (「洋山流40年のあゆみ」昭和58年より抜粋)
 各地の洋山会  統合前の会  関  係  者  名  会 員 数
S58.5.8現在
 千葉洋山会   千葉洋風会  佐久間雅山  本吉泰山  松戸琴山   34名  
竹葉会  有馬幽山   海塩葉山  山室秀山
川鉄グループ  宮沢恭山
 東京洋山会  市川洋山会   朝山氏・故人となられ会を閉じた 7名  
砂山洋山会  猪口晃山   佐久間智山
 佐原洋山会 洋風会  高柳羅山  石津菘山  篠塚朋山
 本宮鈴山
 5名 
 会津洋山会    山室畦山  5名 
 北陸洋山会    栃平宝山  志々目鶯山  亀田鵬山
 中村震山 
 62名 


 ホンマやったら、当洋山流のしかるべき人の了解を得て、これを掲載すべきと思いますが、なんせ会費も払わず数十年・・どなたが責任者になってるのかわかりまへんので、勝手ながらここに掲載しました。

 不都合が有れば、いつでも該当箇所を削除します。

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 尺八関係 一覧
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 虚無僧寺  京都明暗寺 由良興国寺 越中国泰寺 虚無僧墓 etc
 洋山流  私の所属していた流派です。
 虚無僧旅姿   「塩の道」祭りに参加した時のコスプレです。


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