HOME > 津軽三十三観音霊場 目次 > 37 ケッパレ

 自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文     津軽 けっぱれ    遍照の響き
                津軽三十三観音霊場   地図−2
             巡礼日 2012.8.2    掲載日 2013.5.20

見入山観音堂の「ケッパレ」追良瀬川、自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文

追良瀬・休息所

 「追良瀬」集落の分かれ道付近の川沿いに、休息所が見えたので一休み。

 この頃になると急激に暑くなって来ており、水道の水を頭からかぶり、シャツを脱いで体に水をかけました。自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文

 休息所でペットボトルの氷水を飲み、グタアァ〜〜ッッ・・・もう動きたくない感じ・・

 ベンチにゴロンと横になったら、そのまま15分ほど寝てしまった。

9番「見入山観音堂」見入山観音堂・駐車場、自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文

駐車場

 車がほとんど通らない道を行くと、やがて9番札所「見入山観音堂」駐車場が見えました。

 付近に赤い車輪が有るので見に行くと、どうも水車らしく、説明書きでも有れば良いのだが・・見入山観音堂・水車、自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文

張り紙

 広々とした休息所が設置されており涼しかったが、柱に何か書いて貼ってあります。

 
「あなたは何をしにきたのですか
  おまいりにきたんですか
  あそびにきたんですか」
見入山観音堂・参道、自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文

 うむうぅぅ・・一番聞かれたくなく、そぉ〜っと隠しておきたかった事を、ズバリと突かれちゃったなぁ。

 形・表面的には参拝だが、信心なんてコレッポチも無く、正直に言うとホントは遊びじゃけどアカンかったかなぁ。

 まいったなぁ・・こりゃあぁ〜・・致命傷でっせぇ、ダンナ。(^O^)ダハハハ・・・

 
「それともごみをすてにきたのですか
 ここはごみすてばではありません」


 いえ・・そおいうつもりで来たのでは無く・・単なる遊びです・・・ホンマに、すんまへん・・・見る物を見たら、ジャマにならんようにトットと退散しますので・・と貼り板に頭を下げて謝っておきました。

参道の「ケッパレ」

 鳥居の所に杖が置いてあったので拝借。津軽33観音 ケッパレ観音

 最初は緩やかな飛び石が有りましたが、いきなり長い山道の急階段が続きます。

 途中に新しい観音さんがあり、台座に「ケッパレ」と書いてあり思わず微笑んだ。見入山観音堂・参道の観音、自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文

 おぉぉ・・・さすが東北・・方言を台座に書くとは、オヌシやるのぅ。

 地元の人には意味がわかるかもしれませんが、東北以外の人は「ケッパレ」と書かれてもわからず、たぶん「ケッパレ」という言葉にまつわる、何か涙と鼻水が出るほどカワイソーな云われのある観音さんだと思うだろなぁ。見入山観音堂・石絵図、自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文

 ちなみに「ケッパレ」とは「がんばれ」という意味らしいです・・・!(^^)!

 そお言えば、美青年の頃に「けっぱり先生」という本を借りて読んだ事があった事を思い出しました。見入山観音堂・参道、自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文
 この山道階段は津軽33観音霊場で一番キツイ階段だと思う。

胎内潜り

 途中に不動堂があり「胎内くぐり」が有ると途中の石板に書いてありました。

 これぞと思う穴に入りましたが行き止まりになっており、わからんかった。津軽33観音 見入山 不動堂 胎内くぐり

 後で越後屋に聞くと、やっぱり最初は行き止まりと思い、わからんかったが、その穴の右上に潜る穴が有って堂の後ろ横に出たらしい。

 帰りにもう一度寄ってみると、確かに行き止まりと思った右上付近に穴が続いており、そこにカスれたペンキで「入口」「ちうい」と書いてありました。見入山観音 不動堂 胎内くぐり 

 そんなに深い穴ではなかったですが、頭を2回ほどぶつけました。

見入山観音堂

 不動堂の近くに観音堂が有り、清水舞台風建物になってます。

 津軽33観音 見入山観音堂      見入山観音堂、自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文      見入山観音堂、自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文
    見入山観音堂、自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文        見入山観音堂・奉納図、自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文

 尺八参拝が終わると、越後屋が堂の横へ手招きして連れて行きます。

 何かオモロイ物でもあるのかと行くと、馬の奉納が有り、それを見せたかっのかな?と思ったら、その後ろの板を見ろと言います。見入山観音堂内、自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文

落書き

 板に落書きしてあり、明治時代に富山県氷見市から来た者らしい。

 あんな遠い所から、ここまで北前船で来たのだろおか、それとも当時既に鉄道が通ってたのかな?。見入山観音堂・木馬、自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文

 すんません、富山県はσ(*_*)の生まれ故郷で、落書きした人はたぶん先祖でも近所の人でも無く、縁もユカリも無いアカの他人だと思います。

 そお言えば信濃33観音霊場にも明治頃の富山県人の落書きがあったなぁ、あれは故郷の近くだったが・・・。

 富山県人は、人が来ないような所まで来て、落書きして行く習性が有るんじゃろうか?
 自分も書きたい気持ちはあるけれど、ガマンしてまだ落書きをした事は無い。
  自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文、前へ 自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文、目次へ  自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文、次へ      遍照の響きホームヘ
   自転車で巡った「津軽33観音霊場」紀行文
当 ホームページ  一 覧 
 88箇所   四国    小豆島    篠栗
 33観音   西国    秩父    田名部海辺(下北)    津軽    庄内 
  会津   御蔵入(福島)   飛騨    越中   越後    信濃    遠江 
  津久井   安房(千葉)   伊豆    国東    九州西国
 古道等   熊野古道     塩の道      イザベラバードの道
 尺 八   尺八曲    虚無僧寺    洋山流
 その他   遍路・巡礼用具/車中泊        木造校舎・廃校  


無