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 自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文      飛騨33観音 桂峯寺     遍照の響き
           飛騨三十三観音霊場   地  図
       巡礼日 2012.9.24    掲載日 2013.6.29

飛騨に有った弘法大師修行の径

「上難」集落

 28番「桂峯寺」へ行くのに、最初は「岩井戸」の方へ降りようと思いましたが、今までの経験から国道も自転車の押し歩きが多く、ダラダラと坂を上がるのもキツイ。

 それよりも「古橋」まで川沿いに行った方が、「長倉」まで押し歩き距離が少ないと思い、行ってみると正解で、川に架かる橋まで全部下り坂でした。

弘法大師堂

弘法大師堂、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

境内

 途中の「上灘」集落外れに、民家とも・・寺とも思えるような建物が有ります。

 野次馬コンジョ出して自転車を止めて敷地に入ってみると、額に「弘法大師堂」と書いてありました。

 へえぇぇ・・・と思いながら境内を見ると、石を組んだ上に弘法大師さんが立っています。ぼさつ石

 ふうぅ〜ん・・・それだけか・・大師さんも新しそうなので、それほど歴史は無さそうだなぁ。

 左端に看板が有り、読んでみると
「ぼさつ石」・・・えっ?・・・どこに、そんなモッタイナイ名前の石が有るの?・・大師さんが立っている石の事?

修行の径

 看板をさらに読み進めると・・・
 
「弘法大師に謎と言われる7年間の修行時代がありました・・・」

 うん、まぁ・・・確実に修行した地だと文献に残ってるのは、四国の太龍嶽・室戸の岩屋だけで、他はどこで何してたかわからんもんなぁ。

 「・・・当地、高原郷は、お大師様修行の道と言われ今でも真言宗の修行僧は必ず通らなければならない道とされています。」

 えっ?!・・・そうだったの?・・・初めて聞いたでぇ。弘法大師・飛騨修行の径、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 ひょっとして、この道はそのスジの人にしか伝わらない、真言宗の隠し修行の道だったの?

夢枕

 さらに読み進めると、「平成4年 信心深いバサマ3人の夢枕に弘法大師様が立ち、そのお告げにより畑を掘ったら・・・大判小判が、ザアクッ・ザクッ・・・!(^^)!・・ではなく、凹みの有る石が見つかりました。

 普通ならば、漬物石にでもするかなぁ・・・と思う所ですが、村の古老に見てもらうと「これは菩薩様の足跡かもしれんぞ」と言われ一同歓喜し、出土した桑畑に堂を建てたのです。」弘法大師・飛騨修行の径、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文


 ううむうぅぅぅ・・そこまで想像力を発展させたのか・・・苦労しただろなぁ。

 σ(*_*)なんか信心が足りんので、どおしても漬物石しか思いつかん。

ぼさつ石弘法大師・飛騨修行の径、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 で・・肝心の「ぼさつ石」は、どこ?・・もお一度、大師さんが立っている石組を見ましたが、菩薩様の足跡らしい凹みの物は有ません。

 探してると読んでた看板の下に祠のような物が作ってあり、その中に石が入ってました。弘法大師・飛騨修行の径、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 おぉぉぉ・・・確かに真ん中付近が少し凹んでおり、菩薩様の足跡に間違い無い・・・だろうと思う。

 ちなみに越後屋は教えてやるまで、この石の場所がわからんかった。

 信じる信じないは、人それぞれですが、これだけの施設を作るには、かなりの信仰心が必要だと思います。

28番「桂峯寺」「長倉」集落、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

ふる里ふれ愛の径

 「古橋」集落の「高原橋」を渡り「長倉」集落に着き、国道から見ると山の高い所まで集落があるのが見え、地図を見ると札所「桂峯寺」は高台に有ります。

 車道は有りましたが、人家近くにショートカットで上がれるような道を見つけ「ふる里ふれ愛の径」の標識杭が立っており、レンガ風の敷石が敷いてあり喜んで上がりました。長倉 ふる里ふれ愛の経

 しかし、かなり急坂で自転車を押し歩いてると階段になっており、ゲッ!!・・

 自転車を持ち上げて階段を上がり、再び押し歩き。ふる里ふれ愛の径、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 次ぎに階段が有る所では二手に道が分かれていたので、階段の無い小道を選んだが、やっぱりキツイ。

 あまりにも急坂なので、越後屋が「自転車を置いて歩いた方が楽だ」と言い始め、公園のような所に自転車を置いて歩いて行ったので、σ(*_*)も自転車を置きました。

 家の裏庭のような細い道を行き車道に出ると、やっと桂峯寺が見えました。桂峯寺へ、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 その方向へ行くと、先ほど二手に分かれた階段のすぐ近くまで行き、どおやら「愛の径」レンガ敷道を素直に来れば桂峯寺へ行くようです。

 それならばそうと、どこかに書いておいてくれたら、泣くほどウレシかったのにぃ。

 「愛の径」は、かなり車道をショートカットしており、たぶん昔の参道だったのでしょう。桂峯寺へ、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

28番「桂峯寺」

越中「国泰寺」

 桂峯寺の境内から観音堂の内部は見えましたが柵がしてあり、「玄関の方から参拝」と書いてあり、玄関付近には寺の説明看板が有り、越中・国泰寺から和尚を迎えたらしい。

 へえぇぇ・・・ここも国泰寺と縁が有ったのかぁ。

 そお言えば臨済宗と書いてあり、けっこう飛騨33観音の禅寺は国泰寺と関係が有るのかもしれない。

 桂峯寺・入口、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文 飛騨33観音 桂峯寺 飛騨33観音 桂峯寺

 玄関で声を掛けて上がらせてもらったら、本堂の電気を点けてくれました。

 後でわかったのですが、本堂の天井には龍の絵が描いてあり、それを見れるように、わざわざ電気を点けてくれたので、ちなみに写真撮影はOKでした。

観音堂桂峯寺・観音堂天井絵、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 しかし、それを知らずに奥の観音堂へトットと行くと、大好きな揚羽蝶の紋が入った座布団が置いてあります。(一番上の写真)

 飛騨33観音の寺は、揚羽蝶の紋が多いですねぇ。

本堂・龍の天井絵

 観音堂で参拝した後、本堂でウロついてた越後屋が「天井に龍の絵が描いてある」と教えてくれ、ここで初めてそのために電気を点けてくれたのがわかったのです。飛騨33観音 桂峯寺 天井絵

 観音堂だけを参拝するつもりでしたが、富山の国泰寺とも関係ある事だしぃ・・・

 わざわざ天井絵のために電気も点けてくれたので、本堂でも一曲、尺八でお礼吹きをしました。

 帰る時に玄関からお礼の声を掛けると、わざわざ住職が見送りに出て
「献笛して頂き、ありがとうございました。」と礼を言われました。

 「献笛」という単語を知っていたのは、正直思いもよらなかった。

 境内からは「長倉」集落が見え、ずいぶん高い場所まで「ヒーコラ」言いながら上がって来たもんだ。

 鐘楼の付近から景色を眺めながら尺八を吹くと、ええじゃろなぁ。

      飛騨33観音 桂峯寺         桂峯寺より「長倉」集落を望む、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

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