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自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文       飛騨33観音 嫁ケ淵 伝説     遍照の響き
            飛騨三十三観音霊場   地  図
      巡礼日 2012.9.27   掲載日 2013.7.24

飛騨の伝説

越中西街道

 越中西街道、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文    越中西街道、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文    越中西街道、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 越中西街道を自転車を漕ぎ、「大無雁」付近で宮川の中州?に小さい祠が有りますが、よぉ〜まぁ〜・・・川の増水で流されないもんだと思う。越中西街道、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 「岸奥トンネル」横にも旧道が有ったので通ってみました。

 途中にダムが有り、この施設が有るから旧道は廃れずに残されたのかもしれない。

「嫁ケ淵」伝説

 水の色が緑色した、いかにも深そうな淵があったので、自転車を止めてみると「嫁ケ淵」の説明看板が有ります。(一番上の写真)越中西街道、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 淵の名前からして、おおかたバアサンが
「あら・・ヨメコさん!!・・我が家の風習では、こおしているのよ。」とか何とか言ってヨメさんをイジメて泣かした話しでねぇかなぁ・・・と予想されます。

 
昔、年老いた母と息子が一軒の宿屋を経営していました。

 よっしゃあぁ・・・バアサンが出てきたぞ。(^_^)v

 
巡礼姿の美しい女が宿を取りましたが、降り続く雨のため足止めされたので宿で働き始め、やがて息子のヨメになりました。越中西街道、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 おっ・・・美しい女巡礼ときたか・・・ワクワク・・・

 
ヨメは毎日のように川魚を取って来るので、不思議に思った息子が後を付けて様子を伺っていると、ヨメは淵に飛び込み・・・・

 カワイソーに、よっぽどオババに隠れてイジメられ、ツライ思いをしたんだろなぁ・・あっ、違うか・・

 
やがて大蛇が、大きな鱒をくわえて浮かび上がって来たので、息子は驚きの声を発しました。越中西街道、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 そりゃあぁ〜そおだわなぁ・・・σ(*_*)なんか、チッコイ蛇を見つけてもビックリして声を出すほどだから・・・ましてや、大蛇だったら腰を抜かして気絶しちまうでぇ。

 
大蛇は再び深い淵にもぐり、正体を見破られたヨメは二度と家に戻る事はなかった。

というカワイソーな伝説で、ヨメイビリの話ではなかった。

15番「洞泉寺」洞泉寺・入口、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 坂上駅に着き、汽車時間を確かめてから15番札所の「洞泉寺」へ行きました。

 札所は駅のすぐ近くで、階段横には雪除けのためらしい屋根の通路もあり、寺は大きく無人でしたが、そんなに荒れている感じはありません。

 庫裡の玄関に「天井龍神絵や襖の揮毫も見てください」と書いてあったが、おおい〜ぃぃ・・戸が開きまへんでぇ。洞泉寺・襖、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 ガラス戸越しに見ると、確かに天井に龍の絵が描いてあるようですが、ガラスが反射して、よぉ〜見えません。

 襖には、いかにも禅宗らしい字が書いてあり、後で調べると「即」という字らしい。洞泉寺・観音、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 境内の草むらに、頭部分だけの観音さんが置いてあります。

 石屋根で囲ってあるので大事にされているらしく、普通こおいう場合は全身像なのだが、何故に頭部だけなんじゃろか?

 さぞかしカワイソーな云われが有るのじゃろなぁ・・・飛騨33観音 洞泉寺

 ネットで調べても、わからなかったので、だれか知っていたら教えてね。

 本堂の扉も当然開きませんでした。

 しかし、惜しいなぁ・・・これだけの落ち着いた寺なのに無人にしておくのは・・・洞泉寺・境内、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 σ(*_*)に留守番させてくれたら、草取りの掃除しながら、毎日尺八吹いて余生を過ごすのにぃ。

坂上駅

 坂上駅へ戻ると、洞泉寺・境内から駅へ直接来れたようです。飛騨 坂上駅

 待合室には宮川小学校の生徒が作った「伝説カレンダー」が貼ってあり、子供がジサマと散歩しながら、昔の伝説を聞いた内容を版画カレンダーにしたよおです。

「ニコイ長者と菅沼長者」伝説

 伝説内容は「ニコイ長者と菅沼長者」です。

 
ニコイ長者と菅沼長者が居て、何かにつけて二人して張り合っていたそうな。

 菅沼長者がニコイ長者の家へ招かれた時に、ゼイタクな接待をされちゃったもんだから、菅沼長者は負けてはおれん・・と考えました。
伝説カレンダー、自転車で巡った「飛騨三十三観音霊場」紀行文

 その対抗意識を、もおチット他の所へ持って行けば良かったのになぁ。

 
菅沼長者は餅をたくさん撞いて、ニコイ長者を迎え、餅を薪と一緒に燃やしました。

 アホですねぇ・・・やることが・・・

 
食べ物を粗末にしたもんだから、菅沼長者は落ちぶれちゃい・・・

 張り合いを無くしたニコイ長者は、大判・小判を山に埋めて旅に出ました。

 子供がジサマに「ジサマは大判・小判を掘った事があるの?」と聞くと「この話しは、終わりじゃ、ワッハッハッハッ・・」と大笑いしました。
 

 しかし、何となく子供が聞いた心境が、わかりますねぇ。(^O^)
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