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           篠栗四国八十八ケ所霊場 徒歩地図
      遍路日 2012.11.1(第4日目) HP掲載日 2013.9.27
      行程(札所番号) 7→65→83→63→29→75善通寺→64→26→奥の院


篠栗霊場「二つの札所」

子宝観音

 山道を上がって行くと、ちっこい祠が有り、何気なしに祠の中を見ると・・・

 キャアァァ〜・・・アワワワワッッッ・・・
 女性のナニを妄想させる物が・・・堂々と・・・(^O^)ナハハハハ・・・コイツメ・・・

 遍路道、歩き遍路「篠栗88ケ所」紀行文     子宝観音、歩き遍路「篠栗88ケ所」紀行文     子宝観音内部、歩き遍路「篠栗88ケ所」紀行文

 「子宝観音 道祖神」の看板が掛かっていたが、篠栗は、こおいうタグイの信仰が多いのじゃろか?

 まぁ・・これはこれで古くからの信仰対象なのだから良いとは思う・・大切にしてね。

 遍路道、歩き遍路「篠栗88ケ所」紀行文    遍路道、歩き遍路「篠栗88ケ所」紀行文    歩き遍路「篠栗88ケ所」紀行文

29番「荒田観音堂」

 山道から車道に出て、標識に従ってだれかの家へ行く道じゃねぇかと思う階段を上がると29番札所「荒田観音堂」に出ました。荒田観音堂、歩き遍路「篠栗88ケ所」紀行文

 小さい堂で前庭に池跡が有り、その庭池の風情がなかなか良く、たぶん昔は池に水を張り、魚を泳がしていたんでしょう。

 すぐ近くに「納経所」の看板が掛かってますが、人が住んでるのかな?

 ベンチに座ってモク吸って休んでると、先を行ってた越後屋が
「遅い!!」と言って迎えに来ました。

荒田観音堂、歩き遍路「篠栗88ケ所」紀行文   荒田観音堂・彫刻、歩き遍路「篠栗88ケ所」紀行文   荒田観音堂・納経所、歩き遍路「篠栗88ケ所」紀行文

二つの札所

 オマケに「この先に「75番 善通寺」と言う大きい寺が有り、そこに荷物を置いて来たが、なかなか来ないので間違ったのかと思った。」とモンクを言い始めます。

 100円地図を見ると、あれっ?・・75番札所なんて地図には載って無く、それに75番札所は昨日行った所だけれどなぁ。

75番「善通寺」

善通寺

 モンク言われながら行ってみると、「善通寺」は新しい大きい寺で、しっかりと石柱に「篠栗霊場75番善通寺」と書いてあります。善通寺、歩き遍路「篠栗88ケ所」紀行文

 どんな寺じゃろ?と思いながら門を潜って境内に入ってみると、新しい建物ばっかりでした。

 たいていの新興宗教の施設は、このように新しく大きい建物等が多く、また石仏等にしても全て新しい。

立看板

 篠栗霊場の札所をかたるニセモンの寺だろなぁ・・と思い、境内を散策せずに山門を出ると、そこの広場に色とりどりの看板がズラズラ・・と有ります。

 最初はマンション売り込みの立看板かと思ったが、何気なく読んでみると篠栗霊場の1番南蔵院の悪口がゴッテリ書いてありました。善通寺・立看板、歩き遍路「篠栗88ケ所」紀行文

 看板の主旨は1番札所の南蔵院がゴマかして、篠栗霊場を乗っ取ったという感じです。

 まぁ、確かに1番札所と寝釈迦像は、金目当ての臭いがプンプンしてたもんなあ・・。

 書いてある事に全て目を通し、自分に都合の良い事だけを書いてあるかもしれんので、どこまで正しいのかわからんが、ここまでコンジョ出して篠栗霊場会全部を相手に単独でケンカ売ってるのは、大したモンである。
              善通寺・立看板、歩き遍路「篠栗88ケ所」紀行文

大師堂

 σ(*_*)が当事者ならば、それだけ逆らうコンジョは無く、その意気に感じいったので参拝だけでもしようと思い、もう一度山門を潜って近くの大師堂へ入りました。

 堂内では坊さんと参拝客が話しており、だいぶ込み入った話をしているようなので尺八参拝はせずに賽銭だけ入れました。

篠栗霊場「二つの札所」資料

 その賽銭箱の側に「自由にお取りください」と書いて、印刷物が置いてあります。善通寺・大師堂、歩き遍路「篠栗88ケ所」紀行文

 寺の紹介かな?と思って手に取ると「判決と篠栗霊場の再生(事件の概要)」と、オトロシク難しそうな事が書いてあります。(以後、これを単に「資料」と省略します)

 「資料」をチラッと見ると、先程の看板のスッタモンダの悪口の事が書いてあるようなので、オモロそうなので貰って行き、その日の夜、車中泊した時にヒマつぶしに読んでみました。

問題の時系列と経緯

 時系列的に見ると、経緯はこんな感じのよおですが、長ったらしいと思ったら読み飛ばして下さい。

 
1 江戸時代に篠栗霊場が出来た。
 2 明治時代に「廃仏毀釈」により、霊場の寺院等が破壊・衰退した。
 3 しかし、時の政府はやりすぎたと思って、
   仏堂を保護するため「仏堂明細書」を作成申請するように指令を出した。

 4 ここからがスッタモンダの始まりで、明治32年に高野山から「南蔵院」を迎える。
 5 大正から昭和60年代にかけて、南蔵院が霊場各堂主に敷地を
   「南蔵院」に名義変更するように迫る。

 6 昭和29年「篠栗四国霊場規則」作成し、南蔵院を「本寺」と称し他を「末堂」とする。

 
早い話が「南蔵院」を「主」、その他の各札所寺を「従」とする「主従関係」を築きたかったようですなぁ。

 7 ここまでが前哨戦で、次ぎからがドンパチです。

   霊場会「善通寺は霊場会に出席しないのが問題である。」
   善通寺「身内の者が毎回出席している。
       各札所は南蔵院のものでなく、南蔵院は札所を没収出来ない」と主張。

 8 札所没収の動き
   「末堂の仏像(各札所寺の本尊)を南蔵院に返還させる」と霊場会規則に
  条文追加しようとしたが他の寺から反対されて失敗しちまった。

   霊場会の理事会で、善通寺が規則違反をしたとして「霊場会を除名」「75番札所の移転」を議決。

 9 裁判
   「新75番札所(紅葉谷)の新設行為により、善通寺の名誉を損ない・・途中省略・・
   善通寺の業務遂行にも傷害をもたらした事を容易に推認できる。」 福岡地裁

  「本来の75番札所が、現に善通寺の境内に置かれている「第75番」と彫り込まれた薬師如来像と結びついた物である事は明らかである(善通寺が75番札所であると判決)」
  「南蔵院を「本寺」、その他の仏堂を「末堂」と称する事は妥当性を欠く。」 
                            福岡高裁・最高裁判所

 以上、「資料」から抜粋しましたが、これを見ると善通寺の主張が正しいように思えますが、なんせこれは善通寺側からだけの主張であります。

地元民に聞き取り

 できれば反対の南蔵院側の主張も聞いてみたいのですが、無関係である小汚い一遍路者に南蔵院がそんな事を答えてくれるはずがありまへん。

 そこで篠栗に住んでる人に、「2つの札所問題」について聞いてみました。

証言1 散歩のジサマ

 車中泊している所へ、毎朝散歩しに来るジサマと挨拶するようになっていたので、昨夜読んだ「二つの札所問題」を聞いてみました。

 さすがにトシヨリなので、話がアッチへ行ったり、コッチへ着たりしましたが・・・

 75番札所の移転に関しての事は、わからないようだが、南蔵院があちこちの土地を購入したというのは知っていました。

 寝釈迦涅槃像を参拝客目当てに作ったが、入場者が少なく赤字経営でタイヘンだと言います。

 そおじゃろなぁ、参拝客もバカじゃないからなあ。(^O^)ナハハハ・・・

 南蔵院の住職とは同級生だといい、学生時代はマジメで頭が良かった。

 率直に75番問題の事を話して、南蔵院住職の人物像を聞くと
「(そおいう事を)やるじゃろなぁ」と言うので、やっぱり人物的に問題が有るのかなぁ。

 そんな話をしていたので、その日の出発が30分ほど遅れちゃった。

証言2 篠栗町内の店の人

 善通寺側に言わせれば、南蔵院は旅館・土産物店等も全て地元の人・組織を取り込んでるいるので、南蔵院を悪く言わないだろなぁ・・と思いながらも、店に居たオヤジが客が来なくてヒマそうだったので、75番問題を聞いてみました。

 すると即座に
「あぁ・・あれねぇ・・・篠栗の恥だと思い、ホント困ってるんですよ。」

 聞いてみると「善通寺」の主張とは逆で、最初は霊場会の会費を払わなかったので、人を使って払うように要求したがダメだったのが元らしい。(上記「資料 7」の箇所)

 善通寺に当時居た弟子が、スッタモンダになったので住職に「話し合いの場を求めて解決すれば・・」と意見を具申したら破門されちゃったそうな。

 寝釈迦涅槃像と60番札所について 
「寝釈迦涅槃像の側に有る60番札所・・あの扱いはヒドイんじゃないですか?少なくとも霊場札所ならば、あのような小さい堂にするのはオカシイと思う。」と聞くと、それはオカシイと認め、ついでに寝釈迦涅槃像の作成も失敗だったと認めました。

 やっぱり、だれが見ても、あの寝釈迦涅槃像はドシロウトが考えた失敗作だろなぁ。
 大きければ良いってもんじゃないんだから・・・(^O^)カッカッカッ・・。

 続く次の矢で
「札所を霊場会が勝手に移設するのは、いかがなものか。
 札所が自ら返納を言うのならば可能かもしれんが、霊場会が勝手に移動させるのはスジ違いではないか?」

 これも
「ううむうぅ・・」と言いながらも認めました。

 
「南蔵院が札所の土地を取り上げていると、善通寺が言ってるが・・?」
 
「要望があれば返している」と、ここは善通寺の言い分とだいぶ違う。

 
「善通寺では、裁判判決まで証拠として展示しているが・・」
 そこはタヌキオヤジに、うまくゴマかされちまい、これについてどう思っているのか、わからなかった。

 オヤジは小豆島も巡ったらしく、霊場会から仲間外れにされている寺が有る事や、四国の評判の悪い30番寺のことも知っていました。

 帰ってからネットで、この「二つの札所問題」を取り上げたサイトはないかと探しましたが有りまへんなぁ。

 皆、問題が有るのを知っていながら素通りしちゃって・・・(^O^)ヘッヘッヘッ・・・
 たぶん、たぶんこの問題を、こうやってネットで取り上げたのはσ(*_*)が最初じゃないかな?

 篠栗霊場会が地図から善通寺を抹殺しても、遍路道の途中に善通寺が有るから、そこを通る人には、篠栗霊場には問題の所が有るのだ・・と、どうしてもバレちゃうと思う。

 たぶん未来永劫、この問題は片付かなく、時が解決するなんて事も無く、この小さいトゲは、ずうっっっっ〜・・・と刺さったままだろなぁ。(^O^)

64番「荒田阿弥陀堂」

 で・・次の64番札所「荒田阿弥陀堂」はどこ?・・・標識通りに来たら「善通寺」前へ来たのだが・・

 そこに有った汚れた案内板を見ると、29番札所「荒田観音堂」車道側に有るようなので、行ってみるとすぐに有りました。

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