HOME > 「九州西国33観音霊場」目次 > 27 フェリー乗船


  九州西国33観音霊場記   名門大洋フェリー、九州西国33観音霊場記   遍照の響き
          九州西国三十三観音霊場 地図-2
        2015.9.27 巡礼     2016.9.8 UP
九州西国33観音霊場記ライン

フェリー乗船

名門大洋フェリー名門大洋フェリー、大阪を出港、九州西国33観音霊場記

 大阪港の名門大洋フェリー乗り場に、思ったより早く着いたので、予約した便より1便早く乗れました。

 このフェリーには初めて乗りましたが、なんちゅうても夕方に乗船して、翌朝には九州に着けて、その間は寝れると言うのが何とも魅力です。

 車中泊だと、翌日また一日がかりで九州まで走らないとアカンので、その走行中の疲れと、限られた日数なので目的地へ行くまでの時間の無駄が大きいのがフェリー使用した大きい理由です。名門大洋フェリー船内、九州西国33観音霊場記

 使用した感想では、正解だったと思います。
 ただ初めての環境なので、あんまり眠れなかったが・・・

 乗客はそれほど多くなく、客室はゴロ寝の二頭船室で場所が指定されていましたが、隣席には人が居なかったので、そのぶんの毛布も借りました。

 夕食は別料金でしたがバイキング形式なので、セッセと欲出して食べたので腹一杯になっちゃった。

  名門大洋フェリー船内、九州西国33観音霊場記 名門大洋フェリー船内、九州西国33観音霊場記 名門大洋フェリー船内、九州西国33観音霊場記

フェリー「きたきゅうしゅう」

 船内をウロつくと、この船は「きたきゅうしゅう」と言う、そのものズバリの名前のフェリーで、今年末で引退するらしい。名門大洋フェリー、九州西国33観音霊場記

 引退コーナーの船籍を見ると、竣工1992.4.11なので、今年で20数年航海してます。

 だいたい船というもんは、どんなに手入れ整備をしていても20年過ぎるとボチボチ廃船の目安になり、25年経過すると、もうアカンでしょうなぁ。

 σ(*_*)が乗ってた船も25年で廃船となり、四国・牟岐沖で魚礁として沈められ、第二の役目を果たしてます。名門大洋フェリー制服、九州西国33観音霊場記

 でも、このように魚礁としてでも残されるのならば良いですが、たいていは跡形も無く解体されるちゃうと思い、船に乗ってた人にしてみればサミシイ限りだと思います。

 船は母港とか母船など、母というイメージ感覚があり、特に一番最初に乗った船は、懐かしく安らぎ感を与えてくれ、船を降りた後でも想い出します。

 たぶん船に乗った人は皆そんな風に思ってるのではないかな。

海峡大橋

 「明石海峡大橋」はバイキングを一生懸命に食べてる時に過ぎちまい、その後はヒマなので「瀬戸大橋」の通過を眺めていました。名門大洋フェリー・スタンプ、九州西国33観音霊場記

 「瀬戸大橋」はライトアップされており、なかなかええですなぁ。(下の写真)

 「来島海峡」は遅い時間に通過したので、ライトアップの電気は点いてませんでした。

 この来島海峡の通過は、潮の流れが複雑のため、航行するのに制限されている事が多く、フェリーは最微速で通過してました。

    名門大洋フェリー瀬戸大橋、九州西国33観音霊場記     名門大洋フェリー瀬戸大橋、九州西国33観音霊場記

入港

 夜の客室は灯りを落として暗くなってましたが、朝4時半頃、起きてくんなはれぇ・・とばかりに灯りを点けられ起こされました。

 別に船内放送は無かったけれど、これ以上は寝ておれまへんわなぁ。

 5時半入港しても、外はまだ暗かった。

     九州西国33観音霊場記、前へ   九州西国33観音霊場記、目次へ    九州西国33観音霊場記、次へ    
       九州西国33観音霊場記

               遍照の響きホームヘ 

当 ホームページ  一 覧 
 88箇所   四国    小豆島    篠栗
 33観音   西国    秩父    田名部海辺(下北)    津軽    庄内 
  会津   御蔵入(福島)   飛騨    越中   越後    信濃    遠江 
  津久井   安房(千葉)   伊豆    国東    九州西国
 古道等   熊野古道     塩の道      イザベラバードの道
 尺 八   尺八曲    虚無僧寺    洋山流
 その他   遍路・巡礼用具/車中泊        木造校舎・廃校  

無