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            2015.10.5 巡礼     2016.11.18 UP


「虹の松原」と「涙のトッカータ」「虹の松原」駅、「自転車で巡った九州西国33観音霊場」紀行文

虹の松原

 「虹の松原駅」で一休みしていると、オマワリさんが二人して置いてある自転車を調べ始めます。

 カッパラって来た自転車と思われたくないので、こちらにある二台は自分達のだと自己申告して手間を外かせました。「虹の松原駅」、「自転車で巡った九州西国33観音霊場」紀行文

 年配のオマワリさんが話好きな人で、若い人に自転車を調べさせながら駅舎で雑談しました。

 あっ・・自分は他の人と違って、煙たがりもせず身構える事無く、機会が有ればオマワリサンとは普通に平気で、よぉ~話します。虹の松原、「自転車で巡った九州西国33観音霊場」紀行文

 オマワリさんが「この虹の松原」駅へでタイの放送局が来て、タイ人の新婚さんの写真を撮ってあげた。」

 何で日本にワンサと良く来る中国・韓国ではなく、タイの国なのかと思って聞くと「佐賀県は、各国と交流しているので・・。」

 そおいえば有田の「交流センター」に東南アジアの人形が飾ってあったのを思い出しました。虹の松原・海岸、「自転車で巡った九州西国33観音霊場」紀行文

 「虹の松原」の砂浜沿いに自転車で行けるかと聞くと、「タイやが砂に取られて行けないと思う。」

 オマワリさんの仕事も終わったので別れ、「虹の松原」の海岸へ行き駐車場の所から海岸へ出てみました。

 やっぱり、オマワリさんのいう通り、駐車場付近で砂にタイヤが取られたので車道を行きました。

唐津街道

 「虹の松原」から「筑前前原」まで、国道の「唐津街道」を走りましたが長かったぁ・・・。
 唐津街道、「自転車で巡った九州西国33観音霊場」紀行文    唐津街道、「自転車で巡った九州西国33観音霊場」紀行文    唐津街道、「自転車で巡った九州西国33観音霊場」紀行文

 バイバス道路ができているためか、それほど車の交通慮が多くありません。

 40年ほど前は、この付近で、よぉ~「ネズミ捕り」をする場所だったのですが、今はしないじゃろなぁ。

 途中でバイクが止まっていたので挨拶すると、バイクが壊れて動かなくなったらしい。

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 夕暮れが近くなって来た「唐津街道」を一生懸命に自転車漕いでると、道端の蔵の窓に絵が飾って?あります。

 ここら辺の風習かとも思いましたが、この蔵一つだけでした。

 若い女性の絵で、惜しむらくは胸の付近に汚れがありますが、なかなか良いアイデアだと思う。

 唐津街道・蔵の絵、「自転車で巡った九州西国33観音霊場」紀行文   唐津街道・蔵の絵、「自転車で巡った九州西国33観音霊場」紀行文   唐津街道・夕暮れ、「自転車で巡った九州西国33観音霊場」紀行文

筑前前原

今は昔・・

 「筑前前原」には暗くなった6時頃着き、今日の距離は75kmほど走り、疲れてケツが痛く、予約していたホテルに泊まりました。筑前前原駅、「自転車で巡った九州西国33観音霊場」紀行文

 翌朝、約40年ぶりに「筑前前原」駅へ行くと、昔と違ってハイカラな駅になっており、街並みもずいぶん変わっています。

 目印の郵便局は大きく近代的になっており、あの頃はマジメに郵便貯金をしに行きました。

 郵便局前の交差点付近に、食事しに行った小さな食堂が有ったのですが場所がわからん。

 あの肉屋だったかな?・・ツケが利いて、夕食のときは余った焼き魚をサービスしてくれた事もありました。

涙のトッカータ

 自分が勤務していた事務所のすぐ近くにあった保育園からは、園児達が帰った後に良くピアノを弾く音が聞こえ、その中でも「涙のトッカータ」をよく弾いておられる人が居ました。筑前前原、「自転車で巡った九州西国33観音霊場」紀行文

 その哀愁を帯びたキレイな音色・リズムを聞きながら、どんなキレイな保母さんだろおと想像たくましくしながら、事務所の中でボオッ~と口空けて聴いてました。

 そこからロマンスでも生まれれば、良かったのですがねえ・・なんせ気弱なモンなので、声を掛けるどころか、直に聴きに行く事もせず・・。

 「筑前前原」時代を想い出すと、いつもこの「涙のトッカータ」のメロディが思い浮かびます。

 美青年の頃に勤めていた事務所・宿舎跡所へ行くと、昔はタンボだらけのイナカだったのに、今はアパートが建っており、隣地で交流の有ったバス宿舎も同じようになってました。

 あの頃、このようになるとは想像もできなかった・・・諸行無常・・。

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