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            2015.10.10 巡礼     2016.12.23 UP


佐用姫と結願

24番「観音寺」観音寺・入口、「九州西国33観音霊場」紀行文

 野母崎から車で24番札所「観音寺」へ行きました。

 ここもホントは自転車でやろうと思えばできたのですが、途中には山越え等があり、コンジョナシなのでヤンピしました。

 観音寺は道端にあり、ここもアーチ形の石門で、九州はこおいう形が多いのでしょうか。

 本堂の戸が開いたので入って参拝し、終わったら作業してた住職らしい人が挨拶しました。

     観音寺・境内の石仏、「九州西国33観音霊場」紀行文          観音寺・本堂、「九州西国33観音霊場」紀行文
 観音寺・本堂、「九州西国33観音霊場」紀行文  観音寺・境内、「九州西国33観音霊場」紀行文  観音寺、「九州西国33観音霊場」紀行文

道の駅「厳木」・佐用姫

 道の駅「厳木」で車中泊をし、車の通りもそれほど無く静かで、よお~寝れました。道の駅「厳木」、「九州西国33観音霊場」紀行文

 施設の端に白い像が有り、最初は「自由の女神」を模した物かと思ってましたが、近づいてみると日本的な顔して何かを振り上げてます。

 説明看板が有り、読んでみると・・

 像は佐用姫と言って、この付近でうまれた、たぐいまれな美人だそうな。

 そこへ百済救済のため派遣された朝廷の若大将が佐用姫に惚れちゃって、ナニしちゃったそうです。道の駅「厳木」・佐用姫、「九州西国33観音霊場」紀行文

 若大将が出発すると佐用姫は、ゴラァ~・・この責任をどう取ってくれるんじゃ・・と港まで追いかけ、出発した軍船に向かって布を振り続けたそうな。

 うん・・ちと内容が違ってたかな・・でも大筋ではこんな内容だったと思う、違ってたらすまん。

 ちなみにこの伝説は日本三大悲恋伝説の一つであり、「羽衣伝説」「竹取物語」「松浦佐用姫伝説」がそれだそうです。

 オッチャンは小さい時から勉強しなかったもんだから、この「佐用姫伝説は知らなかったなぁ・・知ってましたか?・・そうですか、知ってましたか・・すみません・・。

31番「鎮国寺」

鎮国寺・入口、「九州西国33観音霊場」紀行文  鎮国寺・山門よりの階段、「九州西国33観音霊場」紀行文  鎮国寺・境内、「九州西国33観音霊場」紀行文

 宗像大社近くの高台に31番「鎮国寺」が有り、駐車場まで車で行きました。

 駐車場付近では、新しい仁王さんが入口で待っており、境内の大きな建物が見えたので、それが本堂かと思ったら庫裏のようです。鎮国寺・護摩堂、「九州西国33観音霊場」紀行文

 本来の正門は麓から階段から上がって来るよおで山門もありましたが、階段が長いので面倒だから行かなかった。

 境内に3つの堂があり、大きい堂が本堂かと思ったら護摩堂で、その隣のやや小さい堂が本堂でした。

 「九州西国33観音霊場」もこれで終わり「結願」なので、ついでに「大師堂」で「阿字観」を吹くと、小さい堂だけあって響きが良かった。

 ついでに、やっぱり最後の「結願」だからと思い、護摩堂で「三谷」も吹き終わり、「九州西国33観音霊場」も長かったなぁ・・いろんな事が有り、出会いが有った・・と、しばし黙想・・。

 宗像大社は時間が無いと思い行きませんでした。

  鎮国寺・本堂、「九州西国33観音霊場」紀行文    鎮国寺・本堂と尺八、「九州西国33観音霊場」紀行文    鎮国寺・大師堂、「九州西国33観音霊場」紀行文

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 自転車で巡った「九州西国33観音霊場」紀行文 

 これにて「九州西国33観音霊場」紀行文は終わります。
 引き続き、他の霊場紀行文等を御笑読ください。

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