遍照の響き
イザベラ・バードの道
旅行日  2015. 8.18
掲載日  2015.11.23
イザベラ・バードの道
(関東・東北)地図

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    2 街 道

イザベラバード 日本奥地紀行 栃木
ライン
  

           日光山近裏道

  街道

 イザベラちゃんの紀行文には、古河から栃木まで途中の集落名が書いてなく、どの道を通ったのかわかりまへん。「下生井」集落、イザベラ・バードの道

 通常の旅行者は、「宇都宮」を通る日光街道を通るらしいが、その街道では「栃木」を通りまへん。

 地図を眺めながら、もし古河から栃木まで最短距離となるように集落を通るとしたら・・この街道だろなぁ・・と想像して、地図に印を付けてみました。

 で・・ネットで調べてみると、「日光山近裏道」「栃木道」「古河道」と呼ばれていた街道と、ほぼ一致しており、今はそれほどでもないが、江戸時代頃には、けっこう通行量が有った道のようです。「下生井」、イザベラ・バードの道

 たぶん、イザベラちゃんも、この「日光山近裏道」を通ったのだと思う。

 ただ、惜しむらくは「日光山近裏道」「栃木道「古河道」を掲載したネットを確認したのですが、これを書いてる時にもう一度探したけれど、再び見つけれませんでした。

 だれか、この「日光山近裏道」の詳しい資料が載ってるHPを見つけたら教えてね。

 東京まで汽船が通っている村の所で、また別な川を渡し船で越えると、あたりの景色はずっと眼を楽しませてくれるようになった。下生井の道標、イザベラ・バードの道

 水田は少なくなり、樹木や家屋や納屋が大きくなり、遠方に高い山々が霞の中に浮かんで見えた。

   ・・・田園も農園も不思議なほど静かで、活気のない様子を呈してる。
   みすぼらしい犬と何羽かの鶏だけが家畜動物の代表者となっている。
   私には牛や羊の鳴き声が恋しい。イザベラ・バードの道

      
高梨健吉「イザベラ・バード 日本奥地紀行」より

 渡良瀬貯水池の「新赤味橋」を渡り、途中の水門付近から芦原に入って行く道を通ると、目的地にしていた「下生井」集落に着き、川に沿って行くと橋付近の十字路に「下生井の道標」が有りました。

 その説明看板にも、しっかりと「日光山近裏道」と書いてあり、イザベラちゃんも道標を見たかな?

 藤岡町新波、イザベラ・バードの道  イザベラ・バードの道  胸形神社、イザベラ・バードの道
 イザベラ・バードの道 巴波川付近、イザベラ・バードの道 巴波川付近、イザベラ・バードの道

 「白鳥」「新波」を通り、巴波川沿いに行くと「雷電橋」付近の土手にゴミが置いてあります。

 えらいキレイに並べてゴミが捨ててあるなぁ、この辺の人はゴミをキレイに並べて出す習慣が有るのじゃろおか?・・と思って良く見ると、盆飾りの供え物が並んで置いてあるのでした。

 へえぇぇ・・・こおいうのは初めて見たでぇ。
 供え物もホントは川に流すのでしょうが、時代の流れで土手に置くだけになったのでしょう。イザベラ・バードの道

 「下河原田」付近から県道を挟んで街道を行ったり来たりするのも面倒だし、集落を通っても、それほど珍しい物も無いだろおと思い、栃木駅まで県道を走りました。

  栃木

 6時に栃木という大きな町に着いた。
 町は私たちが今まで通過してきた町よりも、どっしりして美しい姿をしていた。

 しかし、粕壁(春日部)から栃木に来ると、事態はさらに悪化した。
 私は日本旅行をすっかり止めてしまおうと思った。

 宿屋は非常に大きいものだった。
 すでに60人の客が居たので、部屋を選ぶ事も出来ず、襖ではなく障子で四方が囲まれている部屋で満足しなければならなかった。

 障子は穴だらけで、しはしば、どの穴にも人間の眼があるのを見た。
 絶えず眼を押しつけているだけではない、召使いたちも非常に騒々しく乱暴で、何の弁解もせずに私の部屋をのぞきに来た。

 手品師、三味線ひき、盲人の按摩、そして芸者たち、すべてが障子を押し開けた。「下河原田」付近、イザベラ・バードの道

 私は8時前に危なっかしいベッドの上に横になった。
 しかし、夜がふけるにつれて、家中のうるさい音が激しくなり、真に悪魔的となって1時過ぎまで止まなかった。

 太鼓や鼓やシンバルが打たれた。
 琴や三味線がキーキーと音をかき鳴らしていた。
 芸者達は歌に合わせて踊った。
 歌声の耳障りな不協和音は実に滑稽であった。

                      
 高梨健吉「イザベラバード 日本奥地紀行」より

 「上泉」付近、イザベラ・バードの道   「東箭神社」付近、イザベラ・バードの道   イザベラ・バードの道

 イザベラちゃんは、栃木の宿で、プライバシーもへったくりも有りませんでした。

 ジロジロと障子の穴から見るのは、まだ奥ゆかしい人がやることで、勝手に戸を開けられたり・・と、そりゃあぁもう・・御腹立ちは、ごもっともと思います。イザベラバード 栃木駅

 そいでもって寝ようと思ったら、小皿叩いて「チャンチキおけさ」のような、ドンチャン騒ぎで眠れんかった・・となれば、亭主を呼びつけて文句の一つも言い、宿賃返せぇ〜ゴラァ゛〜・・と言いたくなると思います。

 でもまぁ、この紀行文のおかげで、外人から見ると、日本文化をどのように見ていたのか、わかりますねぇ。

 例えば
「琴や三味線がキ−キーと音をかき鳴らしていた」と書いてあるが、σ(*_*)的の音表現をするならば、「ポロン〜」とか「ペンペン」なのだが「キーキー」とは思えない。

 また
芸者・・歌声の耳障りな不協和音は実に滑稽であった。」は、これは、たぶんそうだったと思う。例幣使街道、栃木市内、イザベラ・バードの道

 当時の日本は「ドレミ・・」的な西洋音楽がまだ普及しておらず、「ドレミ・・」の音階に慣れていたイザベラちゃんにしてみれば、芸者の歌などは「ヘタクソ」「オンチ」としか思えず鼻先で笑い、たぶん琴・三味線も「ドレミ・・」の音に合ってなかったと思う。

 栃木駅に着き、一休みしようと思ったが待合室が無い(見つけれなかっただけかもしれんが)。

 しかたなく、バス停の日陰にあるベンチで地図を整理しました。

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