H20.4.15 巡礼 H21.12.12 UP
「米山トンネル」を抜けて「上輪」集落へ行こうとしましたが、中越沖地震の復旧工事のため「通行止」の看板が出ています。
ううむうぅぅ・・一度ある事は二度有るからなぁ・・行ってみたわ・・アララ・・引き返さにゃアカンわ・・という事だけは絶対に避けたい。
地図を眺めると、どおしても通りたいという事も無いようなので、そのまま国道を歩きました。
谷を渡る白い鉄橋から「上輪」集落方向へ行く道を見ると、地震復旧工事をしており、国道を歩いて正解だったかもしれまへん。
国道脇の山側に「胞姫神社」入口の看板が立っており、ついでに寄ってみました。
実は、この神社の存在を知っていたので、あえて「立入禁止」の道を通って集落へ下りる事も無いなぁ・・・と思ったんです。
この「胞姫神社」の云われは、義経様御一行が直江津から船に乗って奥州に逃れる時、この付近で嵐に遭い、船酔いもしたんでしょう・・あの苦しみは、船酔いした者でわかりまへんからなぁ・・そいで、この付近に上陸したそうな。
ところが、そのクソ忙しい最中に、一緒に連れて来た妾さん?が産気づきましてなぁ。
(おいおい・・そんなの連れて一緒に逃げるんじゃねぇ。駆け落ちじゃあるまいし・・・静御前はどうすんじゃ。この浮気モンめ)
そりゃあぁタイヘンじゃとばかりに弁慶が、この神社に参拝したところ目出度く安産し、その「ヘソの緒」を納め立ち去ったそおで、この近郷付近では安産祈願の神社になっており、日本海側には「義経伝説」が多いでんなぁ。
歴史的裏付けは取れないかもしれんが、それに類した何らかの落人が通り過ぎた時の伝承が、義経になったのかもしれまへん。
「胞姫神社」は、こじんまりとした感じで、本殿の幕は、さすが源氏ゆかりの「笹竜胆」の紋になっています(一番上の写真)。
でもねぇ・・・言っちゃあアレですが、幕の色が平家の赤色で、言い換えれば、今までケンカしていた敵方の色じゃないですか。
やっぱし、ここんとこは、それらしく源氏の白色を幕色とした方がええような気がするんだけど・・
境内には、いかにも云われの有りそうな由緒正しそうな池?・・というか水溜まりというか・・そんなのが有り、その付近にチッコイ祠が4つばかり奉ってあります。
「ヘソの緒」が、境内のどこかに埋めてあると下調べしていたので、この祠がそうなのかな?と思ったんですが、どうもそうではないようです。
境内の裏手に小道が続いていたので、そこかな?と思って行ったら、単なる草が生い茂ってる中に、ベンチが有る展望台のようでした。
しかし、後でネットでもう一度調べると、どうもこの展望台付近の祠に有ったらしい、惜しい事をした。
手を洗う場所の蛇口には、獅子というかライオンのような物が有り、いかにも雰囲気的に神聖そうでしたが、それらの云われは書いてなく、わかりまへん。
珍しい蛇口だから、何か適当に云われを作っておけば、ええのに。
胞姫神社を出る時、「上輪」集落へ降りる道がないか・・と探したのですが見つからず、国道へ戻りました。
これほどの神社なら、麓から上がる道が有るはずと思い、それを下りて集落へ行こうと思ってたんですがねぇ。
聞くところによると、かなり急な階段だったらしい。
たぶん国道を作った時に寸断されたのか、国道脇に駐車場も有るので通る人も居なくなり自然消滅しちまったのかもしれまへん。
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