HOME > 紀行文「目次」 > イザベラ・バードの道「地図と目次」(関東・東北編)> 18 小 百
旅行日 2015. 8.20 掲載日 2015.12.29
日光山の末端の低い山を一つ超えてから、峡谷の中の曲がり路を進んだ。
どちらを見ても壮大な山が前方に立ちはだかり、滝は雷鳴のように轟き、渓流は樹木の間できらきら光ながら流れていた。 私達は毎時1里以上は進めなかった。
高梨健吉「イザベラ・バード 日本奥地紀行」より
道の駅「にっこう」で野宿し、二回も同じ所で野宿すると慣れますねぇ。(^O^)
「小百」へ向かうため「広久保」まで行き、「日光CC」があるので大谷川の対岸は見えません。
「江ノ久保」へ向かって「チョイノリ」を走らせましたが、頂上付近の道路看板に「広域農道」と書いてあり、あらあぁ・・やっぱり「大笹沢」の道が正解だったのじゃろうか?
イザベラ・バードが書いてるような、滝とか渓流は無かったでぇ。
「高百」集落に着き地図を見ると、たとえ「大笹沢」を通ったとしても、この付近で合流しており、これから先はイザベラ・バードも通った道です。
道端に看板があり「高百の棚田」の説明が書いてあり、ここは棚田が有名な所らしく、イザベラ・バードも棚田を見たのでしょうか。
3時間ほど進んで行ってから、小百という田んぼの谷間の端にある山村で馬から下りた。 子だくさんの百姓が住んでいる数件の貧しい農家の近くで、ある家の縁側に私の椅子を出した。
ほとんど着物らしいものを身につけていない子供達は、何時間も傍に立って私をじっと見ていた。 彼らはそれまで外国婦人やフォークやスプーンを見たことがなかったからである。
高梨健吉「イザベラ・バード 日本奥地紀行」より
うん、確かに「小百」集落は、田んぼの谷間の端に有り、失礼ながら家の数も少なく、当時とほとんど変わってないようです。 信号機が一つ有ったが・・・
車道から茅葺き屋根の大きい家が見え、ひょっとしたら、あそこでイザベラ・バードは休んだのでしょうか。
小百から道路は、深い森の山間の不規則な草深い谷間を通っていた。
谷間そのものも、大公園のように松やヨーロッパ栗の林に覆われていた。
高梨健吉「イザベラ・バード 日本奥地紀行」より
イザベラ・バードが書いてるような「松やヨーロッパ栗林」は見当たらず、100年以上過ぎたので当時より開墾されちまったのか、普通のタンボ風景や杉林が広がってました。
「小百」の先は、そのまま車道を走りましたが「原宿」付近で、地図上からたぶん旧道が山裾を回っていたような気がしていたので、そこへ入るつもりでしたが見落としてしまった。
先は長いのだし、戻って探すほどの事も無いだろおと思い、そのまま走り国道121号線に出ました。
国道付近に「ウェスタン村」が有り、名前は聞いた事があるけれど、ここに有ったのね。
それにしても、だいぶ荒れており廃屋状態です。
恥ずかしながら「YouTube」に尺八二重奏「アブェ・マリア」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます。
当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がで販売されています。
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