H21.7.3 巡礼 H22.9.11 UP
信濃川に架かる「与板橋」には、歩道がついており、良かったなぁ・・今まで歩いて来た国道には歩道が無かったから、橋にも無かったらどないしょうか・・泳いで渡らんにゃアカンのかと思ったでぇ。
見附市から国道403号線を歩いてきましたが、道端を歩いてる人や自転車に乗ってる人とは、集落を通過した時以外だれとも一度も会わず、追い越されもしなかった。
まぁ、ここの国道は車のための道路であり、余り人が歩かないと想定している道なんでしょう。
「与板橋」から見る信濃川は、さすが信濃川は大きく広い川で、真ん中付近にある中州なんか、住宅を建てたら何100件も建ちそうな広さです。
「与板」に入って「東与板」の小さい川沿いの道を歩き、中州?に公園のような所が有ったので、ここを野宿候補地にしていたのですが、どんな状況かとチラチラと観察しつつ眺めました。
川沿いの途中から町内へ入りましたが、失礼ながらあんまり賑やかではありまへん・・まぁ、これも仕方が無い事で・・・
今は「ドーナツ化現象」のため、町内は空洞化しちまい閑散として閑古鳥が飛んでいて珍しい事ではありまへん。
それでも「天下り特殊法人のNHK」がテレビ放映している「直江兼続」が関係してる町なので、それにあやかって旗指物やらポスターが貼ってあり、それだけを見ると賑やかな感じがします。
しかし、それも放映が終わると、どうなるかなぁ・・・
それにしても、あのNHKはどうして民主党の事業仕分けの対象とならず、マナイタの上にさえ上げないのか?と思い、民主党もNHKから甘い汁を吸わせてもらってるのかな?。
NHKを仕分け解体すると主張する政党・立候補者だったら、σ(*_*)はどんな主義主張をする政党であろうとも、目をつぶって一票入れてやるのにぃ。
町中を歩いてると、マンホールの蓋のデザインは「源氏車」の紋をかたどっており、ほほおぉぉ・・直江氏は源氏系統だったのかな?
与板町内の途中にトイレとベンチがあったので、チッコしてベンチで一休みしました。(一番上の「件名の写真」)
モクは切らしているし・・こおいう時に限って吸いたくなるんですなぁ。
これ見よがしに、ベンチ側に灰皿まで設置されており、これはモク中毒のσ(*_*)に対するイヤガラセか・・
付近に食堂が見えましたが、与板町の入口に「スーパーへ1.5km」という看板が有ったので、そこで昼飯を食べようと思ってたので入りませんでした。
しかし結果的には町外れまでスーパーを見つける事ができず、昼飯を食い損ねちまった。
ベンチでボケェ~と「モク吸いたいなぁ・・」と思いながら休んでいると、笠を被った黒衣の僧衣姿で歩いてる人が通り過ぎるのを見ました。
おぉぉ・・これは珍しい托鉢でもしているのか・・出来る事ならば、その修行による気が遠くなるような、アリガタ~アィお話の一片でも伺えればと思い、急いで出発して後を追いました。
近づくにつれ、ちと何かオカシイのですなぁ。
その一つが、被っている笠で、このタグイの方々が被る笠は、饅頭笠というか網代笠というのか、ほんわりと丸いような感じの笠なのだけれど、それとはチト違い、しかも笠に明るい黄色のペンキでも塗ったような感じです。
後ろからジロジロと観察し、年月を重ねた笠ならば、風雨や日差しに晒されて色褪せているんだが、汚れたので、わざわざペンキを塗ったんでしょうか。
小さいリュックを担いでるし、旅の途中にしては服はそんなに汚れていないし・・・杖も持っていないし・・・ん?・・ひょっとするとσ(*_*)と同じニセモンのタグイ?・・・と、失礼な事を思っちまった。
と思っていると、向こうから来たバサマと挨拶を交わしたので、あれ!?・・この付近を縄張りにしている人なのかな?
バサマも、笠を被った者が二人してゾロゾロ歩いてるもんだから、何が有ったのか?と珍しそうな顔してジロジロ見ながら通り過ぎます。
僧衣の人に後ろから近づき「こんにちわ、どちらまで行かれるのですか?」と尋ねると、ビックリしたように振り向き、まだ若い僧でニコヤカに「私はすぐそこの寺の者です」と丁寧に答えます。
「あぁ、それは失礼しました。 旅をされている方かと思いましたので・・私は越後霊場を巡ってる者です。」
「あぁ・・それはそれは、ご無事で行ってらっしゃいませ」と合掌して送ってくれました。
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