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  不動院、「越後33観音霊場」只一人・紀行文  H21.7.3 巡礼   H22.9.8 UP


「五円玉」の形見と代参/越後33観音霊場・只一人

形見分け

下鳥町、「越後33観音霊場」只一人・紀行文   片桐町野球場、「越後33観音霊場」只一人・紀行文    柳橋町付近、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 10数年前に亡くなった母は、五円玉で宝船とか兜を作るのが趣味でした。

 そのため形見分けの時には、未使用の五円玉がゴッテリ残っており、総額にしたら1万円近くになる金額で、しかも五円玉は、銀行でわざわざ新品のと交換したらしく、ピカピカしたやつ・・・。

 5円玉の総額に目がくらんだのではありまへんが、兄姉達も引取りそうにないので、σ(*_*)が手を挙げて貰い受け、ついでに5円玉で出来た宝船や兜も引取り、各霊場巡りの時に、参拝した札所とか縁が有って休んだ寺や神社・お堂にお賽銭として1個づつ入れて代参代わりにしようと思ったのです。 見附市猫興野、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 たぶん信心深かった両親も、子供達に残された5円玉を分けちゃって訳のわからん事に使われるよりも、まだ各霊場や見知らぬお堂へのお賽銭とした方が喜ぶと思う。

 この形見の五円玉を賽銭箱に入れる時は、いつも両親の事がチラッと思い浮かび、たぶん両親が生前には、こおいう場所へ来る事は無かっただろうと思うと、σ(*_*)が代参したような気持ちになります。

 この五円玉・・・・まだまだ一杯有り、未使用の五円玉が無くなった時は、5円玉で出来た宝船や兜も崩して使うつもりですが、σ(*_*)が死ぬまでに全部の五円玉を、まだ見知らぬ全国各地の賽銭箱に入れる事ができるじゃろうか?

 今の生き甲斐・・というか目標は、尺八を吹きながら全国各地の霊場を巡り、形見の五円玉を賽銭箱に入れて代参する事です。

刈谷田川

 刈谷田川、「越後33観音霊場」只一人・紀行文    中之島・大凧、「越後33観音霊場」只一人・紀行文   「鶴ケ曽根」付近、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 見附市内を通り抜け、刈谷田川に架かる橋は、もうすぐ廃止されるようで、新しい橋を造る工事をしていました。

 確かに橋を新しく作った方が、国道8号線に出やすくなりますからなぁ・・・と思ったら、この付近は2004年7月に刈谷田川が決壊し大きな被害が有ったらしい。「中野中」付近、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 そのための災害復旧工事として、曲がっていた川筋を真っ直ぐに付け替え、橋の位置も替えるよおです。

 工事現場には「大凧」2枚の看板が建っており、なかなか郷土色豊かでこの看板を見なかったら、ここが大凧で有名な所だと気が付かなかったと思う。

 高速道路のガード下で一休み・・毎度ながら知らない人が見ると、浮浪者が道端で休んでると思ったろおなぁ。

 それでも自転車に乗って通り過ぎた若いママさん3人組が、通り過ぎながらσ(*_*)に会釈してくれましたので、一応不審者とは見られなかったよおで一安心。

 ママさん達の後ろ姿を口あけて見送ってると、近く小学校へ入って行き、PTA総会か父兄参観日だったらしく、父兄がたくさん居ました。

 伊吹大明神、「越後33観音霊場」只一人・紀行文    伊吹大明神、「越後33観音霊場」只一人・紀行文    「中野西」付近、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 少し歩くと自販機が有ったのでペットボトルを買い、先程休んだ高速道路からそれほど歩いてないのですが、近くの「伊吹大明神」の神社でもう一度一休み。

 今までは歩道が有ったのですが、「中野西」集落付近から歩道が無くなり、その割に車の通行は思ったより多く、トラックも通り、その度に道端の草むらに移動して大型車に轢かれないようにしました。

 この先に信濃川に架かる「与板橋」が有りますが、他の橋は遠く離れているので、必然的に与板橋に車が集中してくるよおです。

 まぁ・・信濃川は川幅が広いから、ホイホイと簡単に橋が造れないんでしょうが・・。


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 恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「手向」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます


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