HOME > 遍路・巡礼 > 四国遍路第一章「目次」 > 20 問 答
H16/3/13 UP
逆打ちの時、三角寺へ上る途中の東屋で一休みしようと思ったら、若いアンチャン遍路の先客がおりました。
挨拶して話をすると、言葉遣いや輪袈裟等を見ても普通の人とちがうと思い「アンサン、坊さんじゃあないでっか?」と聞くと、「わかりますかあ~?」と笑いながら認めました。
アンチャンは巡っている時、坊さんとしてではなく、普通の一般遍路として扱って欲しいので、坊さんのカッコウはしていないのだと言います・・・ほほおぉぉ、エライでんなぁ。
このアンチャンが「庵の坊さん」と会ったならば、どんな印象を持った聞いてみたくなり「「庵の坊さん」に会いましたか? 本当の仏教ちゅうもんを教えてくれはったでぇ」と尋ねました。
「いえ、その道を通ってないので会っていません。
本当の仏教とはですねぇ、先祖供養なんです。
49日からはじまり・・3回忌がどおたら・・最低13回忌まではやらんとアカン・・・その後は・・シノゴノ・・・・ウダウダ・・・・」
はあぁ~ん??・・この人、何言い始めるんじゃ??
遍路しとる坊さんなら、葬式仏教から離れた本当の仏教の事を、話すと思ってたのにぃ・・
これじゃ、そこらに掃いて捨てるほど居る葬式坊主と、何も変わらんでねぇか。
「・・それで普通は、37回忌ぐらいまでやれば良く・・・グスグス・・ブツブツ・・」
ふうぅ~ん・・正式には百何回忌までやらにゃアカン言うとるクセして、何で37回で良いんやろか?
そんな、エエ加減なゴマカシも有りだったら「最初の1回忌だけして、後は省略ヤンピしても良い」と言ってくれれば皆の衆は大喜びするだろうにぃ。
怒ったらアカン・・・感情を顔面に出さんように・・冷静に・・話ししないとね・・・。
「(精一杯、出来るだけ物静かに冷静に) お釈迦さまは、そのような法要とか供養をしろと、おっしゃったのですか?」
「(一瞬の沈黙の後)・・・言ってません・・・」
ほれ、見ろ・・そんな事を、言うはずがねえだろおがぁ。
「本当の仏教とは、自分の心の垢を取り除く事じゃないですか?」
「それは寺に居る私達がやる事であって、一般の人は、そんな事を考えなくても良く・・・・・ウジャ・ウジャ・・・どうたら、こうたら・・・」
アンサン・・何言ってまんねん・・・「仏法を自分の物だけにしたらアカン、他の人々にも知らせよ」とお釈迦様も言っとるでしょうがぁ。
それをしちゃうと「何とかちゅう罪だ」と書いてありましたでぇ・・何という名前の罪だったか忘れっちまったが・・
アンサンの言い方では、坊さんだけが本当の仏教を知っておれば良く、一般庶民は、お釈迦さんが言いもしねぇ法要・供養をやっとれば良いんじゃ・・と言うわけなのね。
あかん・・・ますます頭に血が上って来た・・心を落ち着けて・・あくまで静かに、お話しないと・・・
「あなたは、そのような事を言いますが、一般庶民の人達はアンサンが今言ったような葬式仏教の話なんか、だれも聞きたいと思ってなく、皆、本当の仏教を知りたがってるんですよ。
σ(*_*)は「庵の坊さん」の話を聞いた時、どおしても「仏教の本質」が知りたくて、次の日に再びその庵を訪ねて話を聞きに戻りました。
なんせ、今まで、そんな事を教えてくれた坊さんは、居まへんでしたからなぁ。
今まで遍路して歩いてた人に「庵の坊さん」と話しをしたか?と尋ねると、σ(*_*)のように次の日にわざわざ戻って話しを聞きに戻った人もおるんです。
先を急いでいる歩き遍路が、丸1日をつぶしてまで話を聞きに、次の日もう一度「戻る」という事は、どれほどの決心・決意が必要な事か、あなたも歩いて遍路しとる人なら、よぉ~わかるでしょう。
あなたの言ってる葬式仏教の話を聞くために、わざわざ歩き遍路が1日つぶして「戻る」と思いますか?
そんな、くだらん葬儀・法要の話を聞くため戻りゃせんでしょうが・・アホらしくて・・・」
「既成仏教を非難する事はだれでも出来ますが、それじゃあ、そおやって非難する人達は、どんな事を実際されてるかが問題です。」
実は遍路の時ではありませんが、他の坊さんと同じような事を話した事があり、その時の坊さんの言い訳は、このアンチャンと全く同じ事を言いました。
口先だけでは、どんなキレイ事でも言えるが、実際は「どおなんじゃ」と言いたいんでしょうが、このように話題の矛先を変えるやり方は、いつもアッパレ見事なくらい共通しとります。
いかん・・ますます血が上って来た・・冷静に・冷静に・・・声を荒げんように、あくまで静かに言わんとね・・・
「その庵の坊さんは、その寺に入った時から檀家は持たず、葬儀・法要を頼まれても一切やらなく、地元の人に本当の仏教はこおだと教えていたそおです。
今までの既成仏教と違う事を言い出すもんだから、最初の頃、地元の人達からは、もんのすごく反発を食ったそうです。
そりゃあ、そおでしょうなぁ・・・その寺には今までアンサンみたいな、葬儀・法要の事しか教えない坊さんしか来なかったんでしょうから・・。
しかし、時間をかけて地元の人達に話していると、やがて時々は食料持って来てくれたり話を聞きに来たりする人も居るそうです。
どうです?・・・・そおいう坊さんも実際に居るんですよ。あなたに出来ますか?」
しばし沈黙・・
「まぁ・・そおかもしれませんが・・ゴニョゴニョ・・・確かに東南アジアの坊さんが日本へ来た時のを見て、日本の仏教界は恥ずかしいと思いました・・ボソボソ・・・。」
ほれみろ、恥ずかしいと思うじゃろおうがぁ。
「しかし・・・、話は変わりますが、四国を巡っていて88箇所のお寺というもんは、もんのすごくお金が集まりますねぇ。
そのお金を、もっと有意義な方向へ使ったらいいんですが・・・」
おぉぉ・・やっと話しが噛み合いそうになってきた、良かったのおぅ・・!(^^)!
アンチャン、キツイ言い方してゴメンな。
「例えば古い本堂も見受けられますから、それを新しく立て替えたり、もっと沢山のお堂を建て立派にしたりして・・・ああしたり・・・こおしたり・・・」
はぁぁぁ~ん?・・・アンサン、まだよぉ~わかっとらんよおやなぁ~・・寺の建物が、ディズニィ・ランドのように新しく大きく立派になったら、仏教は栄えるのでっか?
見てくれだけの立派な建物を仰山作ったら、人々は仏教への帰依が深まり、信心の足りんσ(*_*)みたいモンでも、信心が芽生え始めると思ってるんでっか?
そおじゃないでしょうがぁ・・・アカン・・冷静に、静かに言わないとね・・興奮して、顔が引きつっとるかもしれんなぁ。
「私は、そおいう物を作るよりも、この東屋のように小さくても良いから、だれでも自由に出入りする事ができ、今のように自由に仏教の話が出来るような建物を作った方が良いと思いますがねぇ。
寺とは、本来そおいう役目のための物じゃないんですか?」
と言った時に、他の遍路が休みに来ました。
他人の前で、このような会話をするのはマズイだろおと思い、私の方から普通の世間話に変えて、その話しに関する事は止めました。
すんまへん、また、どおしょうもねぇアホな事を書いちまって・・
恥ずかしながら「YouTube」に尺八曲「手向」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます。
当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がで販売されています。
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