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尺八を携え歩いた四国遍路   H20.6.8 UP


女体山

女体山越え

 87長尾寺から88大窪寺へ行くには、前山ダムを分かれ道により、2つのコースがあります。
譲波
  1 女体山越えて 
  2 往来の遍路道を通り国道を経て

 前山ダムの際に「おへんろ交流サロン」が有り、地区の人が運営してるようで、内で遍路の資料が展示されており無料です。

 そこで見学に来た地元?の人らしいジサマとの話

ジサマ
「昔からの遍路道は、この近くの道であり、女体山の道は「四国の道」で、
   本来の遍路道じゃなかった。

   初めの人は女体山を登るようだが、2回目からは本来の遍路道を行くようじゃのぉ・・・

   昔は、1番へのお礼参りなんちゅうもんは無くて、88番の大窪寺が終わったら、
  すぐに高野山へ行ったり、そのまんま自分の故郷へ帰ったんじゃが・・・・
太郎兵衛館 付近
 いつから、そんなお礼参りすることになったんじゃ。

 だいたい、寺は遍路からお金を取って儲けているんだから、
もうチット金を吐き出せ。!!

 坊さんも外へ出て、もっと講話をしろ。!!」


 あっ・・これ・・ワシが言ってるんではありません。
 でも、ズバリ当たっているけど・・・。(^^;ホンマニ・・・

 前山ダムを、やや夜明け近くなった6時半頃出発し、空には満月と星が光ってます。

 それまで何をしとったかというと、5時半頃からダム付近で車の中で寒さに震えて、夜明けを待ってました。

 なんせ、キツ~イ山登りだと聞いてたもんでして・・・
 特に最後の500mほどは岩をよじ登るとか・・・

 そいで遭難して笑われんように、明るくなってすぐ出発しようと待ちかまえとったんですが・・・早く着きすぎて・・・
女体山登り口
 前山ダムを過ぎると野仏が点々と立っており、一つ々に花が供えて綺麗にしてあり、吐く息は白く、枯葉も霜で白く、地面は霜柱まで立っています。

 ダムから3km地点の「譲波」までは、そんなにキツイ道ではありません。

 「太郎兵衛館」までの山越えも、今までの遍路道と比べりゃ、なんちゅう事もありません。!(^^)! ワッハッハッ・・・

 車道を少し登って「女体山登り口」の山道を登ると、すぐにキツイ坂道がありましたが、その距離も短く、しばらくして、また車道に出ました。

 ナハハハ(^O^)・・キツイ、キツイと さんざん脅かしやがって、これが女体山越えか、大した事ないわい・・・(^^;ナァ トッツァン
 後は、この車道に沿って大窪寺じゃな・・・

 越後屋と互いに喜こびあって、セルフタイマーで記念写真を撮り、車道を歩くと・・・・
女体山越え
 ゲッ・・・脇道で、また山の坂道を上る事になっとる・・・
 こ・・これが最後じゃろぉなぁ・・・(^_^;)ナァ カァチャン

 ヒーコラ言いながら、坂道を上ると尾根に出ました。
 はい・・確かに見晴らしは、よ~ございました。
 遠くに海が霞んでおり・・・

 この尾根は山頂付近だから、いくら何でも後は下るだけじゃろ・・・カルイもんじゃ('_')ナァ ネェチャン

と思って、やっぱし記念写真を撮りました・・・やや疲れて 引きつった笑顔?して・・・

 と・・ところが・・オヤブン(*_*)・・・・すぐ目の前にある、直角に近い岩肌と思ってた所を、よじ登って行かな、アカンじゃねぇですか・・・(;_;) オイオイ ソンナノ アリカ・・・

 岩を掴み・・・木の根を掴みつつ・・・
女体山 岩登り
 先に行く越後屋のでかいケツ見ながら・・・こいつが落ちて来たら・・・ワシャ・・一溜まりもねぇだろうなぁ・・と思いつつ・・やっと岩肌を登ると、そこに小さい祠?が建っていました。

 はい、ここも見晴らしが良い所で、今よじ登って来た岩が、グゥグゥゥッッッッと突き出ており、下も見下ろせ320度ほど展開するパノラマ空中展望・・・

 そこの先端で座禅でも組めば、寺の中で座禅するより100倍ほどの効果が出ると思われる場所であります。

 おかげさまで、ここから下り坂でした・・よかったなぁ・・・!(^^)!

 おぉぉ・・車道が見えて来た・・・今度こそ、それに沿って寺へ行けるじゃろぉなぁ・・・(^^

 うっ(@_@)・・・あそこに山道の案内板が見えるけど・・・(/_;)
 まさか・・・それも登れ・・ちゅうんじゃ・・ねぇだろなぁ・・・
女体山 岩登り
 ウワァァ~~ン(TT・・・登れ・・言うとる・・・・
   (;_;)ナニモ ココマデキテ

 越後屋に、この案内板の前で記念写真を・・・と言うと、もうイヤじゃと言うし・・・

 その泣きそうな顔が、なんとも言えんステキな顔じゃ・・と・・ウソついても、乗ってこんので止めときました。

「結願」遍路札

 どこまで続くんじゃろぉ・・・と思いながら上がると、それほどの距離でもない所で頂上付近に着きました。

 ふと見ると、遍路札がブラ下がっており、そこには赤い字で「結願」の札が・・・・
   (注:88箇所巡り終わった意味で「けちがん」と読みます)

 下りる先、行く木々の道の枝々にも同じく「結願」の札が、あちこちに・・
岩登り頂上
 その「結願」の札を見るたびにトシのせいか、不覚にも涙が滲んできました。

 今までも遍路札が道々に有り、道しるべとして見ただけで、また信仰心も無く「結願」に、それ程こだわってもいませんでした。

 しかし今回は、この物言わぬ多くの「結願」遍路札を枝に付けてくれた人達が、無言で祝ってくれているように見えます。

 後ろを歩く越後屋に見られると、後で何言われるかわからんので、涙で鼻水が出て来るのを、わからんように手袋で、ソォッーと拭きました。

 ちなみに、越後屋は寺のお堂の屋根が見えた時にウルウルしたそうです。

 「花へんろ」を書いた早坂氏が徳島で講演された様子が、昨年テレビで放映されたのを見ました。

 その時、三味線奏者の月岡さんも出演され、遍路をして作曲したという三味線の演奏と唄を聞いた時に、次々と
「結願」の遍路札
  灼熱の海沿いの道・・・
  霧雨煙る山の遍路道・・・
  道に沿った小川・・・
  途中で会った、多くの人々・・・

 唄を聞きながら次々と想い出され、恥ずかしながら、この時も涙が出てしかたがありませんでした・・・トシなんでしょう。

 この女体山越えの遍路道は、大窪寺の山門より入らず、すぐに境内に通じております。

 寺は閑散として参拝客も居らず・・・・・
 寺の人、一人が境内を掃除してるだけでした。

                              01/01/13記載


 

編集後記(女体山越え)

 この女体山越えは、始めて遍路をした人にとっては、最後を飾るクライマックス場面となる人が多いよおです。

 人によっては、何も感じ無かった・・と言う人もいますが、σ(*_*)のように遊び感覚で信心の足りんモンでも、遍路札一つ一つが「結願だよ」「よかったね」と祝ってくれてるように思い、恥ずかしながら涙が滲みました。


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