「飛騨古川」市内に入って「弁財天堂」付近に自転車を置き、流れている小川の中には、丸々とした太った大きい鯉が何匹も泳いでます。(一番上の写真)
刺身にして食えば、食い応えが有るんだが・・・
この小川に沿って「白壁土蔵街」となって古風な趣を残しており、それなりに観光客も来ており、「和蝋燭」の店の中では観光客が4・5人居て実演販売をやってます。
「蝋燭造り」の作業をしながら話しているが、話がなかなかうまい。
西洋ローソクは煤が出て仏壇が黒くなるが、「和蝋燭」は、そのような事が無い。
現在の「和蝋燭」の需要は寺だけだが微々たるもんで、昔は普通の家庭でも「和蝋燭」を使ってくれていたので食べていけたが今は難しい。
ううむうぅぅ・・やはり廃れゆく伝統芸術ですねぇ。
「飛騨古川」駅前の食堂で少し早いが昼飯にし、実はσ(*_*)は「飛騨古川」とは少しばかり縁が有ります。
高校卒業時の就職試験に、この「飛騨古川」に有る某会社を受験に来て「飛騨古川駅」で会社の人と待ち合わせしました。
あの頃の高山線は煙を吐く汽車ポッポが走っており、他校から来た受験生と汽車の中で少し話たのですが、σ(*_*)は面接の時にマズイ事を言ったので落ちちゃいましたが彼らは合格したかな?。(^O^)
一度限りの「飛騨古川」だったので、当時の風景を思い出す事が全く出来ませんでしたが、「古川」という地名には何故か懐かしさを持ってます。
「古川駅」裏の車泊した駐車場付近より、ほぼ一直線の道を「杉崎」まで行き、そこから飛騨三十三観音霊場の13番札所「寿楽寺」へは坂道で、「ヒーコラ」言いながら自転車の押し歩き・・。
13番「寿楽寺」本堂の横に観音堂が有り、ここも戸が閉まってます。
境内に「白蛇大明神」の幟が立った石が有り、石には白く蛇のようなのが浮き出ており、なかなか珍しい。
出来れば「云われ」が書いてあれば良いのだが、台座の石が新しそうなので、最近祀られた石なのかもしれん。
14番札所「慈眼寺」へ行く途中、「杉崎」で木造校舎らしいのが有り、どこかの会社が利用しているようなので中には入らなかったが、「南小」と書いた防火水槽がありました。
さらに自転車を漕いでいくと、集落の入口に学校の体育館らしいのがあり写真を撮ってると、すぐ隣が14番札所「慈眼寺」で、小さい庵のような感じです。
この札所「慈眼寺」は、子供達の学校帰りの遊び場だったんだろなぁ。
庇の下には珍しい「撞木」が有り、字が書いて有りますが学がないので読めなく、たぶん悟りを開くための、アリガタイ偈だと思う。
この頁に掲載した廃校と思われる建物を、「廃校・木造校舎シリーズ」に掲載してます。
「杉崎」付近の学校は「仲小学校」、慈眼寺近くの学校は「袈裟丸小学校」ではないかと思いますが、違ってたら教えて下さい。
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