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巡礼日 2012.11.19 掲載日 2014.2.8
昨夜、「道の駅・あそ」で野宿しながら自転車旅行しているアンチャンと話をしました。
年は21才で、4ケ月前ほどから日本一周を始め、北海道から南下して、これから沖縄・四国へ行くという。
σ(*_*)が四国遍路をした事を話すと 「自転車でも、お接待が有るのか?」
「有ると思うが、そおいうものは期待するものではない。(キッパリ)」
お金を節約したい気持ちはわかるが、それを期待するのはなぁ・・今まで四国遍路した事を話すと必ず「お接待」の事を聞かれ、四国遍路=お接待というのが定着してしまってるよおです。
アンチャンと話し始めた最初の時は、食料を分けてやろうかと思ったが、お接待を期待するようなコンジョでは、甘えさせる事になると思ったので持って行かなかった。
今朝、起きると、アンチャンはまだ寝袋に入って寝ており、もおすぐ8時になります。
昨夜は持って行かないでおこうと思ったが、袋にソーセージ等の食糧を袋に入れて、アンチャンを起こしに行きました・・σ(*_*)って、ホントは心底優しいんだよねぇ。
「アンチャン、いつまでも寝ていてはダメだぞ。野宿というもんは、人が起き出す前に起きてるもんだ。
一生懸命に働いてる人達が、気楽な旅行しながら8時過ぎまで寝袋で寝てる姿を見たら、どう思うか?考えてごらん。
それと、掃除しろとまでは言わないが、だれかがここで野宿したと思わせる跡だけは、絶対に残すなよ。」と言って食料と「九州西国33観音霊場」の納札を渡しました。
今まで、このアンチャンは、こんな風に朝遅くまで寝ている野宿をして来たのだろうか・・だれも注意しなかったんじゃろか。
σ(*_*)が教えた事は、四国遍路で教わった野宿時における最低限のマナーですが、アンチャンにこおいう事を教え・注意する人が居なかったのだと思う。
八時半頃に「道の駅・あそ」を出発、滝室坂の峠越えが終わったので、熊本へ向かい下り坂が続くかと思ってましたが、たまに自転車の押し歩く上がり坂も有ります。
星条旗が立っており、アメリカ大使館でも有るのかと思ったら、「阿蘇うま牧場」の看板が有り、犬が一匹、こちらをジィッ~と見ており、畜舎には馬が居ました。
「赤水」付近から、やっと下り坂・・ところが「赤瀬」付近からは今まで有った歩道が無くなり、車が横を通り過ぎる時は、そのオトロシイ事・・。
「阿蘇大橋」付近に、大きい牛のモニュメントが3匹置いてあり、その付近」からは、立派な幅広の歩道が有り快適に自転車で下れました。
それもつかの間、「立野」を過ぎた付近から、また歩道が無くなり、また車に脅されるオトロシイ目にあいます。
話しは少し変わりますが、σ(*_*)がずう~っと昔・ムカシの美青年だった頃、熊本市内から阿蘇まで寝袋一つ背負って歩いた事がありました。
その時に歩いた道は今の国道ではなく、県道207号線のようだったような気がします。
歩いて「下野」付近で夕暮れになり、時間調整をして道沿いの閉店したレストラン軒下で野宿をしました。
翌朝、朝早く散歩している人の飼い犬が寄って来て、ヤダナ・・と思った事があり、幸いにも、吠えられなかったが・・・
その後、テクテク・・と阿蘇山へ向かって歩いてると、車が止まって阿蘇山・山頂まで乗せてくれました。
そんな事を思い出しながら通ると、なんとなく「立野」~「下野」付近の川や山風景が、気のせいか懐かしく感じ、あの頃は若かったなぁ・・・青春だったなぁ・・・できれば戻りたいなぁ・・。
自転車を漕いでると線路沿いの箇所で災害復旧工事をやっており、その付近が一番道幅が狭くオトロシかった。
道の駅「大津」で一休みしてから旧道へ入って肥後大津駅に着き、今回予定していた「第一次 九州西国33観音霊場巡り」は、無事に終了しました。
区切り良く熊本市内まで行こうと思えば、行けたのですが、市街地を走るだけで面白くなさそうであり、「道の駅・あそ」に置いた車を取りに行かねばアカンので、鉄道の便が良い大津駅までにしたのです。
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