「五所川原」の「立ねぶた」を見に行き、ここの「ねぶた」は難しい漢字を使うと「立佞武多」と書くらしい。
正直いって青森県の「ねぶた」はどこでも同じだろおと思ってたんですが、ネットで調べてみると五所川原の「立佞武多」もお勧めと書いて有り、そおかなあぁ・・と、オマケのつもりで見に行きました。
五所川原市内の大型スーパー駐車場が無料開放されており、そこから祭り会場まで2kmほど離れていますが、それ位の距離は歩くのに慣れているので何ともありません。
まずは町中を一回りして、「立佞武多の館」に入ると、丁度、大きい「立佞武多」が出る所で、建物の3・4階ほどの大きさです。
ほほおぉぉ・・わざわざ「立」と名付いてるだけあって、立ってるように高さが有りますねぇ。
6階の食堂で「冷やしうどん」を食べたが、値段が安く美味しく、越後屋は、この地方の名物らしい「けの汁」というのを食べました。
食べてる時、隣のテーブルに祭の法被を着た人がいたので、「立佞武多」の巡るコースや、どの付近が見易いか聞くと「大きいのが3つほど有り、他は町内の物だ」と教えてくれました。
教えられた役場付近へ行く途中、道路に出してある「立佞武多」の周りで囃子方が「チャンチャラ・・」と、ちっこいシンバルを鳴らして囃しており、もう祭り気分で、子供の囃子方は行儀良く、道路でお座りして出番を待ってます。
役場へ行くとビニールシートを敷いて場所取りしてあり、もう割り込めません。
まぁ・・別に座らなくても良いが、写真の写りが良いように、道路に木や電柱が無い場所を探して、そこで待つ事にしました。
夕暮れになり、太鼓が通り、やがて歌声が聞こえて来たと思ったら、だれかが「吉幾三だ」と言うのが聞こえたので見ると、車の上で歌っていました。
写真を撮ろうとしたが、後ろを向いてたり、せっかく近くへ来たと思ったらあっちを向いたりして、なかなか正面から撮れなかった
さすがに「はあぁ~電気もねぇ、ラジオもねぇ・・、たまに来るのは紙芝居・・、おら~、こんな村いやだぁ~・・」とは歌ってなく、そんなのをここで歌っちゃったら、見物人から袋叩きでしょうなぁ。(^O^)
何で吉幾三が、こんな所で歌ってるのか出稼ぎか?と思って後で越後屋に聞くと、この付近出身だそうな。
「立佞武多」の合間に「金魚ねぶた」を売ってるオバハンが居て、ここら付近では「金魚ねぶた」というのが流行ってるのかな?
やがて大きい「立佞武多」が巡って来たので、場所取りシートの縁を踏んづけながら写真を撮りました。
「青森ねぶた」と違って、台数や規模は小さいかもしれんが、お囃子や祭りの勢いは、こちらの「立佞武多」の方が活気が有るように思う。
「立佞武多の方もお勧めです」とネットに書いてある意味が、よぉ~わかった。
ジョシコーセーは、集団で踊ってるしぃ・・
オバハン達もシンバルの小さいのを叩いているしぃ・・
囃子方の笛や太鼓も、女性の方が多いよおに思う。
男は「立佞武多」を引っ張る、肉体労働を主に従事させられているのでしょうか。
最後の「立佞武多」が通った後ろには、「ワアーワアー・・」「キャッ・キャッ・・」「ピーピー(ホイッスルの音)」と、音やら声がゴッタ混ぜになって騒いでる若者の集団が付いて来ます。
係りの人が、その集団をロープで囲って暴走しないようにしていますが、たぶん自由参加なのでしょうけれども、これが別名「カラス族」と言われてる集団らしい。
その騒ぎは若い熱気が爆発しているようで、中には年頃の娘さんがホットパンツにブラジャー姿で肩車されて踊っており、ええ時代ですなぁ・・うらやましい。(^O^)ナハハハ・・・
たぶん江戸時代の「おかげ参り」の時の騒ぎも、こんなのだったろおなぁ。
この熱気をそのまま「民主党、くたばれぇ!!」と叫んでいたら、拍手して声援を送ってやったのになぁ。
まとまりの無い、ただ単に「ワアーワァー」言ってるだけの集団の中に、太鼓を持ち込んだのが居たらしく、祭り囃子の太鼓を叩くと、皆その拍子に合わせて掛け声をかけ、初めて一体感のある集団になりました。
太鼓の威力ちゅうもんは、すごいでんなぁ。そおいうのを見ると祭りを楽しんでるのが、よぉ~わかる。
しかし、惜しい事に太鼓の拍子は余り長く続かず、単に叩くだけになると、ダラけちまい、元の烏合の衆の団体に戻っちゃった。
どっちかというと、カラス族はネーチャン達の方が多いような気がした。
(再び)ええ時代ですなぁ・・・(^O^)、あっ・・いかん、ヨダレが・・・
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