H22.11.10 巡礼 H23.9.17 UP
約1年ぶりに信濃33観音霊場巡りを再開、「みどり湖駅」へ来ると、なぜか懐かしいでんなぁ。
早朝、信濃33観音霊場の24番札所「牛伏寺」を目指して自転車を漕ぎ、「入道」付近で道に迷って畑の畦道を通ってやっと抜け出し、そこからは高台の畑を見渡す車道を走ります。
途中「史跡 御高札」の石碑が有り、一応旧街道だったのでしょうか?。
少し行くと「丁石 二十二丁」という看板が有り、その付近に大きな石碑が有り「牛伏寺」へ行く丁石かな?と思って字を読んでみると「何とか軍人どうのとか」と書いてあり、どうも「牛伏寺」参道を示す石とは違うなぁ。
探すのをあきらめて、ふと看板下のチッコイ石を見ると「右 牛伏・・」と読め、なあんだぁ、こんな所に有ったのか、オッチャン間違ったでぇ・・石よりも看板の方が大きいじゃねぇか・・ワハハハ・・看板が無かったら、知らずに丁石を踏んづけてたかもしれん。
この丁石が置いてある所から「右」と書いてある道を眺めると、いかにもそれらしい旧道のような道が続いていますが、地図で確認すると牛伏寺へは行かず、別の道のようだが・・・。
ここは地図を信じて車道を少し行くと、今度は「六道辻の道標」と書いた看板が有ります。
「このかた しほしり」と彫ってある方向は、自転車で来た方向で、やはり通って来た道は塩尻方面からの旧道だったのでしょう。
「六道辻の道標」より「うしふし寺」方向へ向かっい、地図の等高線の間隔を見ていたので覚悟はしていましたが、延々と続く上り坂で自転車の押し歩き。
赤い欄干の橋を渡って少し行くと、茶店の駐車場に大きく「牛伏寺」と彫った石柱が有ります。
おぉぉ・・・以外に早く着いたなぁと喜んで自転車を止め、石柱の間に有る階段を上ろうとしたら、なぜか工事用の通行止め柵が置いてあり「通せんぼ」。
なに、構うもんか、見なかった事にしようや、ヘッヘッヘッ・・・と、笑いながら不安がる越後屋をうながして階段を上ると、そこからの地道は草に覆われています。
あらっ・・・「通せんぼ」は、こおいう意味だったのね、無理して歩こうと思えば、行けない事もないんだが・・・
ここから牛伏寺までの距離や位置がわからなく、途中でどんなオトロシイ目に遭うかもしれんので、安全策を取って引き返し、再び車道を自転車を押しながら上がりました。
ダム手前のS字カーブを曲がった坂を上がると、先程の階段から上がって来ると思われる道が有り、やはり通行止めになってます。
地図で確認すると、位置的にはS字カーブをショートカットする形になっており、道は草が茂っており、あまり人が通った形跡は無い。
この参道を見つつ、果たしてこの時代に、先程の茶屋の所で車を降りて、石階段を上って参道を上がって来るという物好きな人と言うか、コンジョの有る人は何人居るだろおか?
なんせこの位置でも、牛伏寺のカケラさえも見えなく、まだ車道を行かねばアカンのだから、だれだって車で牛伏寺まで行きますわなぁ・・楽ちんだもん。
これじゃあぁ~・・道が廃れていくのも仕方がありまへんねぇ、見れば新しそうな階段だったが・・・
やっと「牛堂」に着き、この堂の云われは牛が倒れたので観音様に起こされたらしく、σ(*_*)らも自転車押し歩いて来たので倒れそうだから、できればお慈悲を持って助け起こしてほしい。
お願いしますだあぁ~・・・かんのんさまあぁぁぁ~・・・
信濃33観音霊場の24番札所「牛伏寺」に着くと紅葉の季節で、境内にはカメラを抱えた人が一人だけ居ました。
「牛伏寺」観音堂へ行く仁王門の前には、狛犬の代わりに牛が寝そべっており、おぉぉ・・さすが牛伏寺。
普通、狛犬とか仁王さんならば「阿吽の呼吸」と言って、片方は口を開け、もう片方は口を閉じてるものですが、ここの牛さんは、どちらも口を閉じてお互いに見つめ合っています。
その牛さんの姿は、お互いに愛をささやいてるよおにも見え、以下、牛さんの愛の言葉の想像・・
「愛してる?」 「うん・・」
「どれ位?」 「駅前のキツネウドンを食べたくらい・・」
「そおなの・・私ってキツネウドン程度だったの・・死んでやるぅ・・(泣くマネ)」
「あっ、ゴメン。 クルクル寿司10皿食べた位に愛してる。」
「あぁ~良かったぁ・・せいぜい天ぷらウドンかなぁと思ってたの。(はぁ~と)」
「牛伏寺」観音堂で一曲尺八を吹いて参拝したが、寒さのため手が凍えて指が動きません。
これではアカンと思い、如意輪堂でも尺八を一曲吹いて再挑戦したが、やっぱり寒さのために音の出足から失敗しちまった。
参拝が終わった後、ベンチで待ってる越後屋が嬉しそうに笑いながら手でバツ印を作ってます。
うるせぇ、自分でもわかってるわい。
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