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小菅神社・奥社参道、尺八を携え巡った信濃33観音霊場記  H22.11.3 巡礼   H23.10.5 UP

小菅神社・奥社への参道を歩く(「阿弥陀堂だより」ロケ地)/信濃33観音霊場

 ネットで下調べしてた時に、「小菅」集落にある「信濃三十三観音」霊場の19番札所「菩提院」観音堂近くの山に「小菅神社・奥社」と言うのがあり、それなりに古くて有名な神社らしい。

 そいでもって山の上に有る「奥社」へ行くまでの参道は杉並木で、「西の戸隠」という別名も有るほど、知ってる人は知っており、知らない人は全く知らないという隠れた名所だそうな。小菅神社・奥社参道の入口鳥居、信濃33観音霊場記

 昔、戸隠神社の奥社まで上がった事があり、確か立派な杉並木が有ったように思い、きっとそれに匹敵する位の杉並木なんだろなぁ・・と勝手に想像してました。

 この「小菅神社・奥社」までは参道を歩いて片道1時間程かかるらしく、登ってみたいが時間が無いとか何とかで、あんまり参道を上がって奥社まで登る人が居なく、麓の鳥居付近で帰る人が多いらしい。

 実際に参道を歩いてみると、「小菅神社・奥社」まで行き参拝時間も含めて、往復2時間ほどかかりました。

 「小菅神社・奥社」参道入口付近に「熊注意」の看板が有り、「最近、奥社付近で熊が出て襲われた」と書いてあります。弘法大師・鞍掛松跡、小菅神社・奥社参道、信濃33観音霊場記

 オトロシイでんなぁ・・山に上がるのも命がけですなぁ・・そりゃあ、皆の衆はビビッて鳥居で帰っちゃいますわなぁ。

 さっそく熊除け鈴を取り付けました、どれだけ役に立つかわからんが・・・。

 ウワサの杉並木は、戸隠ほど立派な杉並木ではないが(すんまへん、正直な感想です)、参道は石畳や石階段になっており、戸隠というよりも、むしろ熊野古道ような雰囲気です。

 途中、細い横道が有って「赤い橋」が架かっており、何かオモロイ言い伝えが有るのかと見に行くと「弘法大師空海参拝 鞍掛松跡」と書いてあり、えっ?・・こんな所で空海さんの御尊名を拝するとは・・ホンマに空海さんもここへ来たの?小菅神社・奥社参道の石畳、信濃33観音霊場記

 空海さんが修行したという確かな場所は、文献では四国の太龍山と室戸岬だけなのだが・・と失礼な事を思ったが、側に立ってる説明看板には来た事になっており、「赤い橋」は近くの「北竜湖」へ行く道らし。

 ちなみに「阿弥陀堂だより」の映画に、この付近の参道・石畳を夫婦二人で仲良く散歩しているシーンがありましたが、σ(*_*)達夫婦は仲良しでないので、越後屋はσ(*_*)を置いてトットと一人で先へ行きました。

 すぐに「旧観音堂跡」の標識杭と休息所が有り、麓の入口からそんなに離れていなく、疲れてもいなかったのですが、なんせ、たぶんもう二度と来る場所でなく、また「観音堂跡」という標識に釣られて休息所へ行きました。観音堂跡、小菅神社・奥社参道、信濃33観音霊場記

 休息所のベンチ付近に、古い立て看板が3つ束になって置いてあり、「旧観音堂跡」「御座石」「隠石」と書いた説明看板です。

 ここが「旧観音堂跡」なのだから、「御座石」も「隠石」もその付近に転がってる石のどれかだと、すっかり思い込んじゃいました。

 どうせならば看板をまとめて置かずに、石の付近に立てれば良いのにと思いながら、それらしい石を探すと・・付近に有る石が「それだ・・」と言われれば「そおだ」と思われるような苔生した石がゴロゴロしてます。

 いかにも云われがありそうな石を選んでデジカメで写真を撮りましたが、後でそこで撮った写真は、全然関係の無いタダの石コロだとわかりました。

 トッツアン・・まぎらわしい事しないでよおぉ~・・看板を撤去するならば、しちまえば良かったのにぃ、オイチャンは、すっかりダマサレちゃったでぇ・・(^O^)アハハハハ・・・。

 それはそれとして、昔はここに観音堂が有ったらしい敷地で、石垣の形跡も残ってました。

 麓の観音堂も良かったが、やはりこの位置に観音堂が在った方が雰囲気的には良いような気がする。

鐙石、小菅神社・奥社参道、信濃33観音霊場記    隠石、小菅神社・奥社参道、信濃33観音霊場記    加耶吉利堂跡、小菅神社・奥社参道、信濃33観音霊場記

 「観音堂跡」を出ると、すぐ近くに「鐙石(あぶみいし)」の標識杭が有り、みれば普通の岩なのだが「神馬のあぶみ跡が残る」と書いてあります。

 神馬が何で、ここに現れて足跡残したのか、その云われも、ぜひ書いておいて欲しく、それと・・すまん、「あぶみ」の跡が、どこに有るのかわからんかった。御座石、小菅神社・奥社参道、信濃33観音霊場記

 先程探し回った「隠石」があり、「謙信」が追っ手を避けて隠れたそうだが、それほど大きい岩ではありません。

 これ位の石ならば、ジャリ共が「隠れんぼ」しても、すぐにバレちゃうでぇ・・と、現実的な事をマジメに考えたらアカンので、これはウソでも良いから、そお言うモンだと思い込まなくっちゃあぁ。

 「小菅神社・奥社」参道をだいぶ上がると、石を積むのもキツクなって来たのか、手抜きしてサボッタのか、石畳が乱れてきました。

 その頃になると、平べったい「御座石」が有り、ここで弘法大師様が休んだらしく、参道の石を積んだ人達も、この石に座ってモクを吹かしたりゴロンと横になって休んだ事でしょう。

奥社まで600m、小菅神社・奥社参道、信濃33観音霊場記      船石、小菅神社・奥社参道、信濃33観音霊場記      参道の石畳2、小菅神社・奥社参道、信濃33観音霊場記

 やがて「奥社マデ六百米 30分」とカタカナ混じりの標識杭が有り、その付近から石畳は無くなり草むらが出現。

 越後屋が「あらあぁ~道が無くなった。」とウロたえ始めたので、「ええいぃぃっ・・落ち着け、悟りは常に却下に有る。その方の足下付近を見よ。」とエラソーに言って、その先の草むらを指し示しました。

 草むらに隠れるように石は置いてあり、道幅は急に狭くなって草が茂る山道となり、少し行くと道端に細長い石が有り「船石」と書いた標識杭が有り、まぁ・・無理に「船」だと思いこめば、船と見れない事もないが・・。賽の河原、小菅神社・奥社参道、信濃33観音霊場記

 「小菅神社・奥社」参道を歩いてると、道端の岩に石が積んで有るなぁ・・と思ったら「賽の河原」の標識杭。

 わたしゃ、ここで山崩れが有って、道を通るのにジャマな石コロをどかして積んだのかと思ったが、そおではなかったらしい。

 こおやって「小菅神社・奥社」の参道を上がって行くと、いろいろと云われのある石等が多いので飽きが来なく、パンフレットで紹介されているよりも多いよおで、なかなか面白い場所だと思う。

 こおいうのを、もっと宣伝すれば良いのにぃ。


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 恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「阿字観」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます


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