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 注連寺・手すり、「庄内33観音霊場」紀行文 巡礼日 2013.7.1   掲載日 2014.8.29


階段手摺の彫刻と天井絵(注連寺)/六十里越え・庄内33観音霊場

イタヤ清水、六十里越え     イタヤ清水、六十里越え     六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文

 六十里越えの山道を歩いてると、先に行ってた越後屋が山際の所で何かしており、近寄ってみると「イタヤ清水」と書いた説明看板が有ります。六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文

 それによると「イタヤ清水」の云われは、近くに「イタヤ」の木が有るからとか、冷たい水なので飲むと歯にしみて痛いからだとかの説が有るそうな。

 清水の前に有る石地蔵に、水を6回ぶっかけてから飲むのが作法だと書いてあったので、一生懸命に数を間違わんように数えながら水をぶっかけて飲んでみました。六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文

 すると、おぉぉぉ!!・・もんのすごく冷たい清水で、こりゃあぁ~・・確かに虫歯が有る人は、歯にしみて痛くなるかもしれんなぁ。

 水源を見ると近くの土の中から出てますが、そもそも「イタヤ」という木が、どんなのかわからんので、どこかに「この木がイタだ・・」と表札でも付けておいてくれれば良いのだが・・

 山道は、やがてタンボの有る所へ出て、草の刈ってある道を行くと神社の境内に出ました。新山神社・六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文

 「新山神社」と書いてあるが、破れた緑のネットが掛けてあり、何かあんまり優遇されてなく寂れた感じの神社です。

 道を下りて「注連寺」が見える所で、先程の「新山神社」へ上がる階段が有り、 なあぁ~んだ・・それならそうと書いておいてくれれば、「新山神社」境内へ行った時に、そのまま階段を下りて来たのにぃ・・・おっちゃん遠回りしちゃったでぇ。

注連寺・六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文      注連寺・六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文      注連寺・手すり彫刻、六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文

 「六十里越え」の途中には、「庄内33観音霊場」の31番札所「注連寺」と9番札所「大日坊」が有り、なんで札所番号が離れているのかわからん。注連寺・六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文

 31番「注連寺」は思ったより大きい寺で、堂へ上がる階段手摺りにまで、大きな彫刻がしてあります。

 あんまりこおいう所まで彫刻してあるのは見た事が無く、扉にも彫刻がしてあり、かなりの勢力を持ってたのでしょう。

 注連寺堂内で昼飯にしようと思って、入口受付のオバハンに「堂内で昼食を食べて良いですか?」と聞くと、即座に「ダメです。入場料は500円です。」と言われちゃった。

 寺の仏さんなんか、金を払ってまで見たいとは思わんのだがなぁ・・ただ腹が減ったから日陰の所で飯を食べたく、できれば屋根の下で・・と思っただけなんだけど・・・。注連寺・天井絵「龍」、六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文

 オバハンの「どうするの?・・」というような顔されて待ってるので、仕方なく行きがかり上、入場料を払って入りました。

 係のオバハンが説明するには、本尊や即身仏の撮影はダメだが、天井の絵は写真を撮っても良いらしい。

 おぉぉ・・そお言えば、この「注連寺」は即身仏が有るとかいう寺だったなぁ、でも即身仏の説明や本尊さんの説明なんか、どおでも良かった。注連寺・天井絵「合掌」、六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文

 即身仏さんだって、まさか死後、こんな風に人目に曝されて見世物扱いにされるとは思ってなかっただろおしぃ、きっとイヤじゃなぁ・・と思いながら座ってるのだと思う。

 天井絵の説明が始まり、「天空の扉」という掌を合わせた大きい絵が飾ってありました。

 その時は気が付きませんでしたが、これを書いてる時に天井絵の写真を見ると、鉛筆画の書き方に、もんのすごく似てると思いました。(掲載の写真は、小さくしてあるので、わからないかもしれません)

 実はσ(*_*)はこんな顔してますが、チビッと鉛筆画を描いてた事が有り、前職時代に絵葉書きを作ってイベントの時にタダで配った事が有るんです。

 で・・ネットで調べてみると「木下晋」という人の作品で、やっぱり鉛筆画が専門のようで、経歴を見るとσ(*_*)と同じ富山県出身、しかも同じような年代の人のよおですが、小さい頃から、かなり苦労されて来た人のよおです。

注連寺・天井絵「飛天の図」、六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文       注連寺・天井絵「白馬交換の図」、六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文       注連寺・「鷲」と書いてある掛け軸、六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文

 天井絵の「天女さん」は、片方から見ると天女の飾りが光って見えるが、他の場所から見ると光らないと説明が有り、場所を変えて見るとホンマだった・・・芸がコマカイでんなぁ。(^O^)注連寺・納札、六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文

 同じく天井絵の「二頭の白馬」は、玄関方向から見ると荒々しく、奥から見ると優しい感じがするとの説明で、これもホンマかと疑いながら場所を変えて見ると、そお思えば・・そう思える。

 ネットで調べると「注連寺」は即身仏さんと、この天井絵がウリのよおで、σ(*_*)にすれば即身仏さんは、どおでも良かったが、天井絵は一見の価値があるように思える。

 「注連寺」天井絵はけっこう有名なよおで、これを見るだけの目的で来る人も多いらしく、そんな事も知らずに来たのはσ(*_*)ぐらいの者でしょう。注連寺・奉納額、六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文

 床の間に飾ってある書は、読めなかったが「鷲」と書いてあるそうだ。

 説明が終わり「庄内33観音霊場」の観音さんは何処かと聞くと、即身仏さんの横に有り、拝見するとそんなに古くないと思われる仏像です。

 尺八参拝の了解をもらい、観音さんの前で「手向」を、せっかく来たのだから本尊さんの前で「阿字観」を吹きました。

 σ(*_*)らと一緒に説明を聞いていたオバハンと娘の二人連れが、後ろに座って聞いており、終わるとオバハンが会釈しました。注連寺よりの眺め・六十里越え、「庄内33観音霊場」紀行文

 越後屋が言うには尺八を吹き始めると、庫裡から住職が何事が始まったのかとドタドタッと走り出てきて、しばらく見ていたそうな。

 たぶん、何が始まったんじゃろぉ・・と思って、あわてて来たのでしょうなぁ。

 「注連寺」内で食べたらアカンと言われてるので、堂の外に出て回廊の日陰で昼飯にしました。

 食べ終わって、そのまま座っていると疲れているので眠くなって来た。


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 恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「阿字観」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます



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