HOME > 遍路・巡礼 > 「庄内33観音霊場」地図と目次 > 34 龍頭寺
巡礼日 2014.4.20 掲載日 2014.12.6
日向川の土手に咲いてる桜と、鳥海山の白い残雪も絵になりますねぇ。
日向川の橋を渡り、川の土手から行けば近道できるのでは・・と思い、土手を走って「四ツ興屋」集落から「庄内33観音霊場」の19番札所「龍頭寺」方向へ向かって自転車を漕ぎました。
札所「龍頭寺」は高い山の中腹に有り、地図で麓の集落から一直線で上るのを確認していたので、キツイのは覚悟してました。
実際に行ってみると鳥居の先からは、急階段がずうっ~・・・と続いており、ゲッ!!・・・・。
痛い足を持ち上げでモクモク・・と階段を上がり、途中で枯れ枝を見つけて杖代わりにして・・まさに戦に敗れた落人状態ですなぁ。
やがて車道に出ると、大きな木に注連縄が引っ掛けてあり、鳥居の注連縄のような感じで、その正面にも道が続いてます。
白壁の石垣を過ぎた所に「大泉長屋門」の説明看板があり、天保年間の格式有る門で釘を使ってないそうな。
その先に行くと鳥居があり、神仏混合でここが札所かな?と思いましたが、単独の神社で「大物忌神社」と言うらしい。
神社見物は後にして、先に隣の赤い幟が立ってる庄内33観音霊場の札所「龍頭寺」へ行きましたが、この赤幟が無かったら札所だとわからんからず探し回ったと思う。
「竜頭寺」境内には、白い椿の花が綺麗に咲いてます。(一番上の写真)
「龍頭寺」本堂入口には仁王さんが立っており、古そうでなかなか良いんだけどね・・・ただ・・その・・言っちゃあぁ~悪いけど、腹巻きが何とも子供じみており笑える。
もおチット、何か違うモンを巻き付けたらどおかなぁ、攻めてくる悪霊も笑っちゃうんじゃないの?
「龍頭寺」境内入口付近に観音堂が有り、寺名を表すように龍の彫刻が彫ってあり、観音堂内には明治時代の巡礼奉納額が飾ってあり、やっぱりコウモリ傘を持ってるオバハンが一人いました。(^O^)
奉納者の名前等を見ると、当時の観音巡礼は50才代のオバハンが多かったよおです、たぶん、今もそうだと思うが・・・
「龍頭寺」観音堂で尺八参拝している時に、「腹の底から音を出す」という事は、腹の付近から気道を通り口先までを、一本の管としてイメージすれば良いのだと気づきました。
本にも、そのような事が書いてあったが、ふう~ん・・と知識としては知ってましたが、あまり意識してなく、やっと実体験でき、これが今回の庄内33観音霊場巡礼時における貴重な成果だと思う。
どんな修行でも、一度くたくたになるほど疲れなければ、何かを得れなく、知識だけではアカンよおです。
先程の「大物忌神社」へ行くと、境内に木造の建物が有るので、ひょっとしたら昔の木造校舎かな?・・と思い見に行きました。
なんせ姿・形といい・・雰囲気といい・・校舎その物ですがなぁ。
しかし、内部を見ると教室らしい雰囲気はなく学校では無いよおで、 たぶん昔の社務所か、何かだったようですので、だれか知ってたら教えてね。
本殿まで行くと大きい神社で、祭りのポスターも貼ってあり、せっかく来たので、「心月」を吹いて参拝しました。
帰るときに鳥居の所で、階段をヒーコラ言いながら上がって来た時に追いついて来た若いアンチャンが、鳥居に向かって深々と一礼をしており、若いのに信心のある人だ。
恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「手向」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます
以下、広告です。