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  親不知海岸、「越後33観音霊場・只一人」紀行文 H19.10.7 巡礼    H21.7.26 UP


「親不知」海岸の今昔と栂海新道/越後33観音霊場・只一人 

「親不知」海岸への下り口

親不知海岸への下り口、「越後33観音霊場・只一人」紀行文      親不知海岸への道、「越後33観音霊場・只一人」紀行文       親不知海岸への道、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 「天険トンネル」の出口付近にレストランが有り、一段下がった付近より海岸へ降りる階段があります。親不知海岸・途中に有るトンネル、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 今は、ほとんどだれも行かないよおですが、30年ほど前に、その階段を降りて下の「親不知」海岸まで行った事が有るので、大きな案内看板の下にリュックを置いて、久々に海岸へ下りてみました。

 けっこう急な坂道で、途中にレンガ造りのトンネルが有り、そおいえばこんなのが有ったかも・・きっと昔は汽車が通っていたのでしょう。親不知海岸・砂利浜が削られている、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 30年降りの「親不知」海岸はどんな風に変わったかなぁ・・と思いながらワクワクしながら海岸を見ると・・

 あんらあぁぁ!!・・

 もう昔の面影はなく、砂利浜が申し訳なさそうにチョッピリ残っており、これほど砂利浜が削られているとは思わなかった。

砂利浜

    1980年頃の親不知海岸、「越後33観音霊場・只一人」紀行文   現在の親不知海岸、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 「親不知」の砂利浜に降りて付近を見渡すと、昔は砂利浜が続いてたので観光客がそこらを散策していたのですが・・今は崖付近まで波が打ち寄せています。

 その頃は、砂利浜が海岸沿いにズウッ~と続いており、市振や青海方面へ歩く事も可能で、逃げ場であった「大懐」とか「走り込み」等を見れたかもしれまへん。

 こんな事なら見ておくべきだったなぁ。
1980年頃の親不知海岸、「越後33観音霊場・只一人」紀行文  現在の親不知海岸、「越後33観音霊場・只一人」紀行文          親不知海岸へ下りて来た箇所、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 しばらく「親不知」の砂利浜に立ちすくみ、その付近を見渡しましたが、何せ狭い砂利浜なので、何度見渡しても、あんまり見るべき物が有りません。

 その変わり様にガックリしながら元来た道を戻ると、釣りをしに来たトッツアンと擦れ違いました。

 そおだわなぁ・・釣りくらいでないと、もうこの「親不知」海岸には人が来ないかもしれない。

栂海新道

 「天険トンネル」出口付近の山側には、「栂海(つがみ)新道登山口」と書いた木の門があります。栂海新道登山口・親不知、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 σ(*_*)は登山には詳しくないのですが、「栂海新道」は北アルプスより日本海0mの所まで歩く縦走路で、好きな人にとっては憧れのルートらしい。

 もっとも、σ(*_*)も好きでフラフラとアチコチ歩き回ってるので、その人達とあんまり違わず、よぉ~似ているかもしれんが・・

 何かの機会に、この「栂海新道」を切り開いた人の文を読んだ事が有りますが、いかに山とはいえ、そこには土地所有者が居るので、道造りの折衝にも苦労したよおな事が記載してあったような気がします。


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 恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「手向」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます


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