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 栃原峠、「越後33観音霊場」只一人・紀行文 H21.5.17 巡礼   H22.7.3 UP


栃原峠越え、通れぬ砂防堤/越後33観音霊場・只一人

浦佐より「普明神社」へ

魚野川沿い、「越後33観音霊場」只一人・紀行文   町屋入口バス停、「越後33観音霊場」只一人・紀行文   「五箇」付近、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 「栃原峠」へ向かって「浦佐」より魚野川沿いに国道をテクテク・・「町屋入口 ← 」と書いてあるバス停近くから線路を渡って旧道へ入ります。

 おそらく鉄道が施設される前は、「浦佐」から「八色」の旧道が有ったのでしょうが、鉄道で旧道が無くなったのでしょう。「八色」付近、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 真っ直ぐの旧道を「五箇」より「八色駅」に向かってテクテク・・・「八色駅」で休もうかと思い、駅近くの線路まで行きましたが無人駅で小さい待合室だけのよおです。

 地図を見れば「普明神社」というのが近くに有り、八色駅で休むよりそこまで行って休む事にしました。

 T字路に「普明神社」の看板が親切にも立っており、よっぽど有名な神社なのかな?。

 栃原峠に向かって歩くと、左側に木で出来た鳥居が立っており、そこが善明神社だと思い、看板が出ているわりには、言っちゃあ悪いが小さい神社だなぁ・・と失礼な事を思いながら、その鳥居手前の石に座って休みました。「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 地図に普明神社の鳥居マークが無く、神社名だけが右側に書いてあり、てっきり右側に神社が有ると思ってたが左側だなぁ・・・まあ地図もたまには間違うじゃろう。

 と思いながら石に腰掛けながら、前方を見ると200m程先の右側に看板が有り、目の良い越後屋が言うには、どうもそこが目当ての普明神社らしく、まぁいいや・・どこで休んでも同じなんだから。

 出発してその看板を見ると、やっぱし「普明神社」と書いてあり、そこより坂道を上がった所に神社が有るらしいが、休んだばかりなので行かなかった。

 帰ってネットで調べてみると、この普明神社ちゅうのは「神道大教」という系統らしく、明治政府が神道の総本山として作ったとか、どおとか、こおとか・・・あんまり、よぉ~わからんが、何であんまり知られていない場所の、こんなサミシイ所に神社を造ったのかな?

 神霊を感じる人が居て、ここに定めたのでしょうか・・もっと山奥深い場所なら、雰囲気的にそおかもしれんと納得するのだが・・

瑞雲橋と砂防堤

瑞雲橋、「越後33観音霊場」只一人・紀行文     瑞雲橋、「越後33観音霊場」只一人・紀行文     栃原峠・旧道、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 栃原峠へ向かって車道をテクテク歩いて行くと、やがて瑞雲橋が有り、川沿いに車幅の道が付いてます。

 地図では、この川沿いの道が栃原峠への道になっていますが、事前にネットで調べた時、その先に有る防砂堤の箇所で道が無くなっているらしく、そのネット情報では、二人の人がこの栃原峠の旧三国街道を歩き、道が無くなっているのを知らずに防砂堤の所まで行ったそうです。 栃原峠・砂防堤、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 一人は防砂堤から上に車道が見えたので、急な山肌を草木を掻き分けて無理矢理、車道目掛けて登ったそおで、もう一人は、引き返して車道を歩いたと書いてありました。

 もしネットの時代でなく、またネットで事前に調べても、その記事を見つける事が出来なかったら、σ(*_*)らもその人達と同じ運命をたどっていたかもしれません。

 橋を渡って車道を歩き、標高が高くなると下に瑞雲橋からの旧道が続いてるのが見えます。

 あれ?・・道が有るじゃん・・でも、道は向こう側の尾根に向かっています。

 少し行くと、問題の防砂堤が見えましたが、その付近には確かに道は無く、草木が鬱そうと茂ってました。

栃原峠

 栃原峠・入口、「越後33観音霊場」只一人・紀行文       栃原峠・入口、「越後33観音霊場」只一人・紀行文      栃原峠入口から見た砂防堤、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 さらに少し歩くと、車道から旧三国街道の栃原峠道へ入る箇所。 栃原峠・入口付近、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 これもネットで調べてなかったら、栃原峠の入口がわからず、完全に行き過ぎて車道をそのまま歩いていたと思う。

 なんせ入口付近には、栃原峠の看板も標識も何も無いんだから・・・簡単な標識か看板位は立てておいて欲しいなぁ。

 その付近から、先程の防砂堤が遠くに見え、それを見ると防砂堤からこの車道の位置まで、とても草木を掻き分けて登ってくるコンジョはσ(*_*)には無い。 栃原峠・山道、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 もしσ(*_*)らだったら、たぶん防砂堤付近で道が無くなってるのがわかると、途方に暮れて泣いてたかもしれんし、今までの経験上、おそらく越後屋と互いに「お前が悪いんじゃ」と罪の擦り付けあいをして、ケンカをしながら引き返したと思う。

 車道から入った栃原峠の道は、いかにもそれらしい山道でしたが、あんまり人が歩かないためか、下草が生えており、草が茂る時期には歩きづらいかもしれません。

 それでも道端に石仏が道端に有り、さすが旧三国街道。 栃原峠・石仏、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 「栃原峠」に着いて付近を写真に撮っていると、先を歩いていた越後屋が「キヤァ~!!」と言いながら20mほど離れていたσ(*_*)の所まで走ってきました。

 「どおした蛇でも居たか?」
 「もお少しで大きい蛇を踏む所で、とにかく、あぁたの所まで逃げれば追いかけて来ないと思った」

 何でσ(*_*)の所まで来たら、追い掛けて来ないんじゃ?・・コンジョの有る蛇だったら追い掛けて来るでぇ。栃原峠・車道、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 そいでもって、そんな事になったらσ(*_*)はお前を人身御供として置き去りにして、そのスキにσ(*_*)だけサッサッと逃げるがなぁ。

 むしろ蛇の方が、越後屋の人相風体を見てビックリして逃げちまう・・と思ったが、それを言うとケンカになるので、言わずに鼻先で「フフン・・」と笑った。

 すぐ近くに先程の車道が走っており、この時点では地図にはこの車道は記載されていませんでした。

 栃原峠付近には、茶屋跡・井戸跡があり、その奥に稲荷神社が有ったので、そこで一休み。栃原峠・稲荷神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 鳥居の所に「双体道祖神」の標識が有りましたが、それらしい石仏は見当たらず、だれか盗んで行ったのかな?

 稲荷神社から山上に向かって山道が有り、電波塔への道のようで、ネットで調べた時には栃原峠を通る人はそちらのコースを歩くようです。

 σ(*_*)らのように旧道・峠道にこだわる人は、そのまま旧三国街道を歩くようですが、ネットで調べた限り、この先の街道コースを通った人は先に記載した内の一人だけで、今ではもう余り歩かれないよおです。


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 恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「阿字観」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます


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