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 百塚、「越後33観音霊場」只一人・紀行文H21.6.16 巡礼   H22.7.28 UP


「三仏生」の「百塚」/越後33観音霊場・只一人

三仏生「百塚」入口・「越後33観音霊場」只一人・紀行文 百塚・最初の石仏・「越後33観音霊場」只一人・紀行文 百塚・石仏と墓「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 「三仏生」集落から少し離れた道沿いに、「百塚」というのが有って、その存在はネットで調べてわかっていたのですが、場所がよぉ~わからず、昨夜、小千谷で泊まったホテルで聞いて確かめました。百塚・「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 「三仏生」の「百塚」へ行ってみると看板も、なあぁ~も無く、普通の車道に墓らしい物が立ち並んでいるなぁ・・と思った所が「百塚」の始まりで、最初の箇所だけは車道より少し入りますが、すぐに車道と交わります。

 最初に石仏2体と「是従 北秩父札所」の石碑が並んで立っており、ほほおぉ・・秩父観音霊場を模しているんかな?、 隣の石仏にも、よぉ~読めないが「第何番」と彫ってあります。 百塚の石仏・「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 石仏がズラアァァ~・・・と立ち並んでるのかと思ってましたが、墓がその間に有るんですねぇ、それも古い墓かと思ったら、最近立ったような新しい墓が・・

 何で、せっかく古い石仏が立ち並ぶ所に、墓を建てたんじゃろ?、そりゃあぁ~・・墓立てる人にしてみれば手近に石仏が有った方が極楽へ行けて、ええですわなぁ。百塚・「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 しかし墓とは全く無縁で、「百塚」の石仏を見に来ただけのσ(*_*)らのような者には、あんまり見良い物ではない。

 「百塚」は石仏・墓の間に桜が植えてあり並木道のようになっており、季節になると桜の花見が出来るでしょうが、墓がなぁ・・・

 石仏の周りは、キレイに除草してある所あれば、雑草に多い尽くされて頭の付近だけが見える、気の毒な石仏もあり、どうせならば分け隔てせず、平等に全部キレイにしてあげれば良いのにぃ。百塚・「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 中間付近に「百塚」の案内板が有り、それによると

 石仏は約1kmにわたって139基(昔は150基)の古い塚が等間隔に並んでいる。

 伝説では、近所の長者様がこの塚に宝物を埋めたが、だれかにカッパラわれたらアカンので、どの塚わからんようにするため、沢山の塚を作ってゴマカしている。百塚・「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 その他、境界標説・堤防説等が有るらしく、設置目的がわからない「不思議な塚」と言われているらしい。


 ふうぅ~むぅ・・・するってえっとおぉぉ・・最初に有った「北秩父札所」の石碑は、いつ・だれが建てたんじゃろ?その石碑の後・側面を見たが年号等が書いてなく、わからんかったが・・。

 そもそも秩父霊場に、「北」が有るとは聞いた事が無く それとも秩父より、この場所が北の方面に位置するから「北秩父」なのじゃろか?百塚・「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 そいでもって、何故「秩父」なのか?・・「秩父」は「西国」を模した写し霊場であり、模するならば本家本元の「西国」にすれば良いのになぁ。

 石仏には「第何番」と彫って有る物があり、観音霊場を模しているならば33体で良く、西国・秩父・板東霊場を合わせた100観音を模しても、ここの100数十体の石仏は大過ぎる。

 お金持ちの長者様が作ったのだから、オマケに多く作ったのかな?・・・と、いろんな風に想像すれば、誠に「不思議な塚」でありました。


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 恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「手向」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます


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