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 宝物館付近、弥彦神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文 H21.8.20 巡礼   H22.12.12 UP


弥彦神社と志田大太刀/越後33観音霊場・只一人

弥彦神社

鳥居・弥彦神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文     玉ノ橋・弥彦神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文      弥彦神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 弥彦神社通りの食堂でウドンをすすって昼飯を食べ、「一の鳥居」へ行くと観光マップに「太い柱が浮いてる」と書いてあり、おぉぉ・・ホンマに浮いてるでぇ。 狛犬・弥彦神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 浮いてる事ばっかりに注意して見ていたので、肝心の鳥居の全体写真を撮るのを忘れちまった・・トシですなぁ。

 鳥居を潜り御手洗川へ向かって階段状に下りる場所で、アベックが仲良く座って話しをしております。

 御手洗川に架かる「神橋」は「一枚石をくりぬいた欄干」と書いてあったので写真を撮るつもりでしたが、アベックを見つけた時に、こいつらは神域にもかかわらず、そのうちケシカラン事をするのではないかとハラハラして気になって、気になって・・・なもんで欄干の写真を撮るのを、これまた忘れちまった。(^O^)ダハハハハ・・・

 アベックが居る川の上流に「玉ノ橋」という太鼓橋のような橋があり、これは神様が渡る橋で、σ(*_*)のようなケシカラン事を心配する一般庶民は渡れまへん。

 参道を行くと神主さんが「受付・札所」へ入って行き、そこで番をしている巫女さんに、「拝殿で尺八を吹いて献曲してよろしいか?」と尋ねました。

 たぶんこの巫女さん個人で判断する事は出来なく、先程の神主さんにお伺いするだろおなぁと思ったら、やっぱし神主さんにお伺いをした。

弥彦神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文    境内・弥彦神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文     弥彦神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 基本的にはOKだったが
 「拝殿の中でされるのですか?」  「いえ、外の隅っこの方で吹かせてもらいます」
 「長い時間ですか?」   「いえ、5分くらいです」
 「真ん中を外してもらえますか?」  「はい、正面を外します」弥彦神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文
という事を話して了解を得ました。

 参拝客は、そんなに多くなくチラホラ・・という程度です。

 弥彦神社・門を潜って拝殿の有る境内へ上がると、そこに「祈願受付」「絵馬奉納」している場所が有りました。

 先程の「受付・札所」でなくても、ここで了解を得た方が良かったのかもしれんが、たぶん大丈夫だろおと思い、そのまま拝殿隅っこの階段脇で尺八を吹いて参拝しましたが、どこからもお咎めが有りませんでした。

 参拝してる時に拝殿の中から太鼓の音が「ドオォ~ン・・」と聞こえたので、おっ!!・・これは、σ(*_*)の参拝に対する挨拶代わりかな?と良い方に解釈したが、参拝が終わった時に拝殿の中から祝詞が聞こえたので、中で祈願をした人が居たので太鼓を打ったようです。

絵馬殿の戦艦「陸奥」

    戦艦「陸奥」奉納額・弥彦神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 先程の「受付・札所」に戻り、参拝させてもらった礼を言い、その近くに有る「絵馬殿」が休息所も兼ねており、あんまり人が休んだ形跡はありまへん。

 中に入ると、おおきな軍艦の写真が奉納してあり「大正14年8月」「新潟港実写」と書いて有りますが軍艦名は記載して無く、船の絵や写真を神社に奉納する場合は、たいてい神社名と同名の艦船の場合が多いのですが、ネットで調べた限り旧海軍には「弥彦」という軍艦の名前はありません。

 陸軍航空工作船「弥彦丸」という名前を見つけましたが、奉納額の軍艦は船形・大きさからみて戦艦のように思い、なんとなく戦艦「金剛」のような気がするけけど違うかな?

 どなたか、この軍艦名をご存知の方が有れば御教示願いますと書いたら、教えてくれた人が居まして戦艦「陸奥」だそうです。 どうも、ありがとうございます。

 弥彦神社に奉納された軍艦の写真ですが、大正14年8月新潟港に帝国海軍第1艦隊入港という記録が残されています。

 その中で、戦艦は陸奥・日向・山城・扶桑の4隻とされ、奉納写真の艦は煙突形状などから陸奥であると思われます。     (2014.6.19)


 その軍艦額の横に、小さいですが海上保安庁の巡視船「やひこ」の写真が奉納されており、どうせならば隣の奉納額と張り合う位の大きい写真を、遠慮なく奉納すれば良いのにぃ。

宝物殿の志田大太刀

源義家「軍扇」・宝物殿・弥彦神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文    夷太刀宝物殿・弥彦神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 境内の宝物殿で刀が展示してあり、写真撮影「可能」と聞いてたので受付で確認すると、やはり可能で、「写真撮影可能」なんて今時珍しいでんなぁ。

 他の美術館とかだったら、別に減るモンじゃないのに「ダメに決まっとろおがあぁ・・」と言われちゃうのにぃ。

      日本刀・宝物殿・弥彦神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 1階の美術品は、何かの美術品が飾ってあったが、見てもわからんのでサアッ~と素通りして2階へ上がると、おぉぉ!!・・・展示場にズラッ~と刀が並んでます。

 ガラスケースの中に「源義家奉納 軍扇」ちゅう説明書きが有る、錆びた鉄のマサカリみたい物が収まっており、いかに軍扇と言っても、これを片手に持って扇子代わりに風を送ったり、振り回して指図するのには重たいと思う。

 その横に「夷太刀」という大陸式の錆びた直刀が置いてあり、切っ先部分が折れて無くなっていたが・・・
     志田大太刀・宝物殿・弥彦神社、「越後33観音霊場」只一人・紀行文

 「志田大太刀」という、もんのすごい長い太刀が飾ってあり、たぶん斬馬刀のように実戦に用いる物ではなく、宝物として作った物なんでしょう。

 ちなみに「刀」と「太刀」の違いは
 「刀」は刃を上にして飾り(持ち・帯びる)、斬るのを目的とする。
 「太刀」は刃を下にして飾り、突くのを目的としてます。

 これは良く試験に出る所だから覚えておいてね。(^O^)


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 恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「手向」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます
当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がpixtaで販売されています。



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