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 大登峠、「越後33観音霊場・只一人」紀行文  H22.7.23 巡礼   H23.6.8 UP


「大登峠」地図と藪蚊による波状攻撃

大登峠の地図

大沢鍾乳洞・東屋、「越後33観音霊場・只一人」紀行文  大沢鍾乳洞・東屋、「越後33観音霊場・只一人」紀行文  大登峠へ山道、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 大沢鍾乳洞の近くに東屋があり、そこで休息して防虫スプレーを掛けまくりました。


 実は、この先にある「大登峠」から加茂市「長瀬神社」までの詳しい地図は全く有りません。

 ネットで、かなりこのコースを歩いた記録を探して見ましたが、今一つ、よぉ~わからなく簡単な略図さえも無かったので、「大登峠の略図」を作り掲載しましたので参考にしてください。

       大登峠・略地図、「越後33観音霊場・只一人」紀行文  

 国土地理院の地図には、なぜか「大登峠」の記載表示が無いので、歩いている時に現在地が全く把握出来なく、地図は全く役に立ちません。

 これが町の中だったら、人に聞くとか、何か特徴の有る建物を目標にして現在地を推測する事が出来るのだが、山の中ではねぇ。

 ましてや、山中で分かれ道が有り、行き先の看板が無かったらオジャンで、泣きながら引き返すか、迷子になるのを覚悟でどちらかの道を選んで進むしかない。大登峠・熊除け鈴、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 考えてみれば、現代では詳しい地図が有り距離・方向がわかるが、江戸時代に旅する人達の地図は、たんに「どこそこまで何里」と距離を書いた程度の物しか無く、分かれ道で標識が無かった場合は悩んだと思う。


 「大登峠」越えは、全く状況も何もわからん状態で、ネットで得た断片的な知識だけが頼りでした。

 まさに船で航海するのに海図も持たず、見知らぬ目的港へ行く不安な気分で、途中で浅瀬や暗礁が有って遭難しなければ、ええんだが・・・。

自然歩道の近道と展望台

     大登峠・三角点、「越後33観音霊場・只一人」紀行文      大登峠・山道の百合、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 東屋を出発してすぐに自然歩道の立杭に「長瀬神社」と書いて有り、その矢印方向に木で作った階段が有りました。

 この看板を見た時、良しこの立杭が有るのならば、この先にも立杭が有る可能性が有り道も整備されてると思い、何とか泣かずに長瀬神社まで行けると安心した。

 山道は荒れていない尾根道で歩きやすく、大登峠の三角点側にも立杭が有ります。

 熊が出たらアカンので、熊除けの鈴をジャラジャラ鳴らしながら歩き、山道にはヒッソリと山百合が咲いており、だれも折って行かない所がエライ。

   大登峠・林道、「越後33観音霊場・只一人」紀行文      大登峠・林道、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 やがて木の階段を下りて、車道幅の林道へ出ると右方向へはキレイに草が刈ってありますが、左方向は草が刈ってなく行止り状態です。 大登峠・展望台と近道の分かれ道、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 反対方向から来る人のために「大沢鍾乳洞」の矢印看板が立っており、今来た階段を上るように示しています。

 林道をしばらく進むと「大登峠近道」の立杭があり、ネットではこの「近道」を通ったと記載してありました。

 試しにそのまま林道を行くと、ほんのすぐに「大登峠展望台」の立杭が有り広場となっており、その先も林道は続いています。 大登峠・展望台よりの眺め、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 展望台からは下界を眺める事が出来ましたが、残念ながら土地勘が無いため、どの方向を眺めているのか、よぉ~わかりまへん。

 たぶん村松方面だと思うが、間違ってたらゴメンね。

 きっとここが大登峠の頂上なのでしょうが、それならそうと立杭に書いておけば、ええんだがなぁ。

 先程の「大登峠近道」の立杭は、鍾乳洞方面から来た人は「近道」を通った先に大登峠が有ると勘違いするかもしれない。
大登峠・近道、「越後33観音霊場・只一人」紀行文 大登峠・近道より林道へ、「越後33観音霊場・只一人」紀行文 大登峠・林道、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 先程の「大登峠近道」の所まで戻り、「近道」を通ると、やがて竹藪が見えたなぁ・・と思ったら林道とぶつかり、出口に「展望台近道」の立杭が有りました。

 この林道は、きっと展望台から続いてる林道だと思い、今通って来た道の方が距離が短く「近道」という意味だったのでしょう。

 林道脇には道筋から外れないように木杭で柵がしてあり歩きやすく、しばらく林道を歩いて道端で一休み(一番上の写真)。 大登峠・林道合流点、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 腰を上げて出発したら、すぐに舗装道路とぶつかり、あらあぁぁ・・ここまで来て休めば良かった。

 さっきから車の音が聞こえるなぁ~・・と思っていたのだけれども・・・

 林道入口にダンプカーが停まっており、側の標識看板に「田上(道路未開通につき通り抜けできません)」と書いてあります。

 ふう~ん・・そいで「田上」と反対方向への道はどこへ通じてるんじゃろ?・・・と思ってダンプの運転手さんに尋ねようかなぁ・・としたら、ダンプが行っちゃった。ナハハハ・・・(^_^;)

「雪椿の道」=「藪蚊の道」

大登峠・雪椿の道入口、「越後33観音霊場・只一人」紀行文  大登峠・「雪椿の道」入り口標識、「越後33観音霊場・只一人」紀行文   大登峠・雪椿の道、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 車道のどちら方向へ行こうかと迷ったが、たぶん新しく道を造ってるのだから未開通の「田上」方面では無い方だろおと思い、その反対方向へ向かって進んだら正解で、山道に入る看板が立っていました。

 案内標識には「中部北陸自然歩道 雪椿の道」と書いてあり、「雪椿の道」なんてのは初めて聞いたでぇ。

 さぞや季節になると雪椿のトンネルのような所だろおと思ったが、最後まで歩いても雪椿らしい物は、無かった。

大登峠・雪椿の道・敷板、「越後33観音霊場・只一人」紀行文 大登峠・雪椿の道・敷板、「越後33観音霊場・只一人」紀行文 大登峠・雪椿の道・敷板、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 ルンルン・・気分で歩いてると、やがてヌカルミの上に板が敷いてある所へ来て、フムフムこれがネットで出ていた有名な「敷き板」か・・。大登峠・雪椿の道、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 ところがその付近から、麓へ着くまでの「敷板」箇所付近は、蚊の縄張りであるらしく、立ち止まると蚊の総攻撃を受けます。

 そお言えばネットにも、そんな事が書いてあったが、この蚊の波状攻撃は予想以上にスゴかった。

 この「敷板」を設置する人達も、藪蚊の猛攻撃に耐えながら作ったのじゃろおなぁ、苦労が偲ばれます。

 下山する方向だから勢いを付けてそのまま降りて行けるので、立ち止まる事も無く、蚊の攻撃を振り切れます。大登峠・雪椿の道、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 しかし長瀬神社方面から登って来る人は、上がり道なのでヒーコラ言いながら汗を拭こうと立ち止まると蚊の猛攻撃を受けると思い、この大登峠越えの一番キツイ箇所は、山道を上がる事よりも、ここでの蚊の総攻撃を受ける事だと思う。

 蚊の攻撃は半端じゃないので、蚊が発生する時期は、この坂道を上りたくなく、どおしても山道を上がるならば、防虫スプレーを用意して、たっぷりと掛けておかなくっちゃアカンと思う。 大登峠・雪椿の道、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 「雪椿の道」と言うよりも「藪蚊の道」と名付けた方が当たってるような気がするが・・すんまへん。

 途中に「大登峠」の説明看板が有りましたが、なんせ蚊の襲撃がスゴイので、ろくに読みもせず、デジカメで写真だけ撮って、急いでザザアアァァッッッ~と降りて行きました。

 帰って写真を見ると、もんのすごく「ブレ」てました。 ワハハハハ・・・(^O^)

 そのブレた写真を判読すると、この大登峠越えは、江戸時代までさかのぼる由緒正しい峠道で、源氏白旗伝説も有るそうな。

 


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 恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「手向」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます
当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がpixtaで販売されています。



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