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 青い山脈・「花淵」集落を望む、「越後33観音霊場・只一人」紀行文  H23.5.19 巡礼   H23.6.29 UP


高校野球応援での「青い山脈」演奏秘話

 越後明暗寺を出て、集落を抜ける所の小川沿いに石仏と共に道祖神が有りました。

越後明暗寺跡付近の道祖神、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 あんまり双対の道祖神なんて、この付近では見ないので珍しいでんなぁ。

 きっと明暗寺の虚無僧さんも、門付けか托鉢に出かける時、この道祖神を眺めた事でしょう。酒井善兵衛晒し首の地、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 「中新田」集落、消防署近くの国道沿いに「酒井善兵衛 晒首の地」という白い立杭看板が有りましたが、それ以上の説明が有りません。

 ネットで調べてもわからなかったので、果たしてこの人物は、いかなる人だったのでしょうか。

 何となく雰囲気的に「年貢を負けろ」と代官所へ怒鳴りこんだ首謀者のような気がするが、だれか知っていたら教えてね。

高校野球

 五十嵐川沿いの農道を歩き、遠くに残雪が残っている青い山々が霞んで見え、その風景を見ると「青い山脈」という映画と共に主題曲を思い浮かべます。

「中新田」付近・青い山脈、「越後33観音霊場・只一人」紀行文



 実はこの「青い山脈」という曲には、涙無くしては聞けない、悲しくもカワイソーな青春の想い出がありましてなぁ。

 σ(*_*)は高校時代にブラバンに入っており、当時はこの「青い山脈」という行進曲を良く演奏しておりましたが、今の世代の人達は知らないだろなぁ。

 それと共に「高校三年生」という行進曲も有り、これも良く演奏しました。

 長い前置きはこれ位にして、何がそんなに悲しい話しなのか・・・ブラバンは高校野球の応援時に良く付いていき一緒に応援しました。

 その時の応援はローカルルールでしょうが、試合が始まったら演奏禁止で、曲の途中でもすぐに切りの良い箇所で曲をストップしないと、放送マイクで叱られます。

「中新田」付近・青い山脈、「越後33観音霊場・只一人」紀行文



 そのため演奏できる時間は、試合の攻守が交代する、わずか数分な時だけでした。

 あっ・・まだ悲しい所まで話しが行ってないので、泣かなくてもよろしいが、そろそろでっせぇ。

 演奏する曲は、どんな曲でも良かったのですが、この「青い山脈」という曲だけは、我が母校のブラバンだけに伝わる「禁断の伝説」が有りました。

 それは・・・「野球応援の時に「青い山脈」の曲を演奏すると、勝ってる試合でも必ず負ける」という秘かなる伝説が伝えられており、そのため意識的にこの曲を避けて他の曲を演奏してました。

「中新田」付近、「越後33観音霊場・只一人」紀行文


 そんなある試合の時に、珍しくも点差が開いて勝っており、もうすぐ9回だからこの勝負は貰ったも同然の雰囲気でした。

 その時に止せばええのに、この「禁断の曲」を演奏して今までの伝説に終止符を打とう・・と話がまとまり、今までのウップンを晴らすように派手に「青い山脈」を演奏しちまったんです。

 結果は、そりゃあぁ~もちろん・・あれよ・あれよ・・と大逆転して負けちまった。ワッハッハッハッ・・・(^O^)

 どや、カワイソーな話しじゃろおぅ、何?・・つまらんかった?・・すんまへん。

エール交換

 そいじゃあぁ・・オマケの話しを一つ。

 高校野球の「エール交換」というのは県によってやり方が違うかもしれまへんが、σ(*_*)とこの県では7回の表(だったかな?)の時に、負けてる方から勝ってる方へ、お互いに応援のエール交換をします。青い山脈・「中新田」付近、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 ある時、前チームの試合が長引いており、それが終わるのをスタンド後ろで待ってました。


 その試合の時に、うっかり勝ってる学校側が「エール交換」するのを忘れて、いつものように、わずかに時間を惜しんで演奏し始めたのですねぇ。

 σ(*_*)も最初はわからなかったのですが、しばらくする応援席の方で何かモメており「止めろ、止めろ!!」と言う声が聞こえ、譜面台を蹴飛ばしてる人が居ます。

 何が有ったの?と回りの人に聞けば、相手校の応援団長が一人で、「ワイとこのエールを受けられんちゅうのかあぁぁ!!」と演奏している所へ怒鳴り込んできたらしい。青い山脈、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 相手校は地元でも有名な不良高校、対する演奏している学校は、おぼっちゃま育ちで大学進学率も良く、カシコイ人が多いので有名な進学校。

 こりゃあぁ~・・・有名校同士で血の雨が降るかもしれんなぁ・・と、ワクワクしながら・・あっ違う、ハラハラしながら成り行きを見ていました。

 やがて不良校側の先生が来て、暴れている応援団長を後ろから羽交い絞めして必死になって止めており、何とか収まった事が有りました・・・おしまい。

川除神明社

「田屋」付近、「越後33観音霊場・只一人」紀行文  川除神明社、「越後33観音霊場・只一人」紀行文  川除神明社・石構造物、「越後33観音霊場・只一人」紀行文
 「花淵」集落より橋を渡って対岸へ・・・「田屋」集落を過ぎた道沿いに小さい堂があり、側の杭に「川除神明社」と神社名を書いて、オマケにちゃんと由緒書きも書いてあります。鎮守様、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 それによると「昔から五十嵐川の洪水による田畑の流出に困っていた土地の人々は、鎮守様の他にこの川除の神を祀って平穏安全を祈願した」

 ふむうぅ・・古の昔、ここを開墾した五十日命さんに、何とかしてくれとお願いした方が効果が有るような気がするが・・と失礼な事を思っちまった。鎮守様、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 付近に「庚申」の石等が並んでおりますが、この付近を工事して移設したのか地面が新しく、どうせ石碑を並べて設置するならば、両脇幅をもっと広くした方が良かったのになぁ。

 これじゃあぁ・・墓石が並んでると思っちまうでぇ。

 直ぐ近くに鳥居が見え、それがここに書いてある鎮守様だと思い、そこのゲートボール広場のベンチに座って一休み。

 越後明暗寺から全然休まずに1時間近く歩き続けると、さすがに疲れる。
    鎮守様のベンチ、「越後33観音霊場・只一人」紀行文       青い山脈、「越後33観音霊場・只一人」紀行文


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 恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「阿字観」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます
当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がpixtaで販売されています。



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