HOME > 遍路・巡礼 > 四国遍路第一章「目次」 > 14 仙遊寺
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泰山寺から栄福寺へは、近くの田圃の畦道みたい所を一直線に行き、昔、川水が少ない時に渡った場所という所へ着きます。
いつ行っても川の水が少なく、河原を歩いて向こう岸へ行きたかったけど、降り口がわからんし・・・上がり口もわからんので上流の橋を渡りました。
栄福寺は、こじんまりした寺で、寺前の道路をそのまま真っ直ぐ行けば神社の階段が有りますが、神社へはまだ登っていません。
なんせ行った人の話では、けっこう階段が長くキツかったというので・・・。
三巡の時、栄福寺・大師堂で参拝してる途中、団体客10人ほどがキヤッキヤッ言いながら後ろを通り過ぎ本堂へ行き参拝しました。
鐘楼脇のベンチで休んでると、先ほどキャッキャッと言ってた団体がσ(*_*)を取り囲み「尺八を始めて聞いたが、良かった」「極楽の音楽のような気分がした」等々、口々に誉めてくれます。
こんだけの人に囲まれ誉められまくったのは、今までの長い人生で始めてじゃったなぁ。
σ(*_*)の持ってる「誉められる運」というか「ツキ」は、この時に使い果たして枯れっちまい、以後σ(*_*)の人生で、このように誉められる事は二度と無いかもしれん・・と思ったが、正直もんのすごく嬉しかった。!(^^)!
その内、一人のオバハンが手に持ってる尺八を見て「それ、普通のよりも長いんじゃないの?何寸の尺八?」と聞きます。
ううむぅ・・このオバハンは、琴か三味線などの邦楽関係をやってる人だと思う、尺八の長さなんて身近でいつも見てる人でないと、まずわからないし、尺八の寸法の単位まで知っとったからなぁ。
やっぱし、どこでどのような人が、黙って聞いとるかわからんもんじゃ。
栄福寺を出て、犬塚池の畔をテクテク・・・仙遊寺へ向かって、山道から車道をフラフラ歩き、山門前にある池の東屋で一休み。
多くの歩き遍路が、ここで「やれやれ・・」と思って休んだ事でしょうが、自販機とトイレが有れば、もっとうれしいんだけど・・
この山門から仙遊寺までの山道が、これまたキツく、途中に霊水が出ており、汲みに来る人も居るようです。
一巡の時、本堂で尺八を吹き終わって大師堂へ行こうとしたら、納札所のネエチャンが呼び止めて手拭いをくれました、ありがとうごぜえます。
二巡の時、本堂の隅っこで邪魔にならんように尺八を吹き終わり、振り返るとσ(*_*)のすぐ後ろでバサマ達10人ほどが固まって目を閉じて静かに合掌してました。
尺八を吹き始めた時は、だれも居なく時々参拝者が来たのは気配でわかってましたが、まさか自分のすぐ後ろの狭い所に人が集まって固まり、拝まれながら聞かれているとは思わなかった。
予想もしなかった光景だったので、ビックリしちまい、カラスが行き場を失ったように「はっ・・ども・・失礼しました・・」と、わけのわからんような事をブツブツ小声で言いつつ、頭下げながら後にして出ちゃったけど・・今思うと、もぉチット気のきいた事を言えれば良かった。
三巡の時は時間があり、参拝客も少なかったので境内・鐘楼側のベンチでしばらく尺八を吹いると、地元のジサマが近寄って来て話をし「来てみたら石仏の前掛けが全部黄色になっとる。今度、全部青色に変えてやる」と息巻いております。
確かに登って来る途中や境内の地蔵さんの前掛けは、全部新しい黄色の物でしたが、ジサマ以外のだれかがやったもんだから、対抗意識を持って「青色」にするのだろうか?(^_^;)
その時は逆打ちしてたので、5時近くに南光坊へ着き、荷物を解いて参拝しに行こうとした時、この仙遊寺で出会ったジサマが、丁度バイクに乗って南光坊の境内へ来ました。
「また、本堂の中で吹くんか?」と聞くジサマに、本堂の扉が閉まっていると言うと・・
「今すぐに本堂を開けさせてやるから待っとれ。
なにぃ?もう遅いから良い?・・。 何言っとるんじゃ、でえじょうぶじゃって!!。
心配すんな、この寺の人はワシが、よぉ~知っとるから、まかせとけって・・」
と、すぐにでも寺へ掛け合いに行きそうな勢いで言ってくれます。
しかし、もう夕方5時近くであり参拝客も少なく、風も強いので早めに本堂を閉めたのだと思い、自分一人のためにお寺さんの手を煩わせるのも気の毒に思い、「何が何でも、ワシの顔でどおしても、こおしても開けさせてやる。」と、ゴネまくるジサマをなだめすかして丁寧に断りました。
仙遊寺でσ(*_*)が本堂内・大師堂内へ入って参拝してたのを、このジサマがどこかで見ており、南光坊でもσ(*_*)が堂内へ入って参拝したかったのだろうと気遣ってくれたよおです。
仙遊寺から国分寺へ向かって降りる坂道は、「五郎兵衛坂」と名が付いてる急坂です。
途中で二手に道が分かれ、一方は国分寺へ、もう一方は関係寺の「竹林寺」で、二巡目の時に行きました。
「竹林寺」へ行く途中で、「ここからの道は通れなく、車道を通れ」と書いてあり、遍路標識が少なく寺の場所もわからないので、走って来る地元の車を3回ほど停めて「竹林寺」の場所を尋ねました。
二巡の時に竹林寺への道を下りたので、三巡の逆打ち時、仙遊寺への登り口がわかるかチト不安でした。
仙遊寺の麓に「吉兆禅寺」という寺があり、早朝その寺の石垣に座って休んでると近所のジサマが散歩しており、話しをすると付近の伝説を教えてくれました。
この吉兆禅寺は、近くの山の城主が滅ぼされた時、懐妊していた奥方がここへ逃げ込み、無事に子が産まれ、それ以後「安産」に御利益があって有名なのだとか・・・
あそこの山の中腹は、源平の戦いで逃げて来た、だれやらが亡くなった所だとか・・・なんか、滅ぼされたり逃げて来た人の伝説が多い地でんなぁ・・・(^_^;)
ジサマに仙遊寺への登り口を聞くと、丁寧に道を教えてくれて助かりました。
国分寺では忘れもしない一巡時、大師堂で暗譜したての新しい曲を吹いたら、途中で間違って曲が完全に止まっちまいました。
思わず「あっ、いけねぇ。間違えちまった。」と声に出して言ったら隣で参拝してた越後屋が、経を読んでる途中にプッと吹き出し「キャハハハ・・・」と不謹慎にも口を開けて笑い転げやがった所です。
その時も、幸い朝早の境内で他の人が居なくて良かったけど、これが他の参拝客が居たら、エライ恥かくとこだった。
二巡の時、寺入り口のタオル屋さんで、タオルとアイスクリームの接待を受け、ありがとうごぜえます。
三巡の時は、遅い夕暮れ時で境内に人影も無く、野良犬が遠慮がちに2匹寄ってきました。
恥ずかしながら「YouTube」に尺八曲「手向」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます。
当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がで販売されています。
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