HOME > 遍路・巡礼 > 四国遍路第三章「目次」 > 車遍路・4 修行の道場
H19.12.8 UP
24番 最御崎寺
25番 津照寺
26番 金剛頂寺
省略
ここの寺も山頂にあり、登りの角度は、今まででの中で一番キツク、駐車所に着いた時は、ゴムの焦げる匂いがしてた。
山の斜面を利用した日本庭園は、良く手入れされており良かった。
夜、室戸を出て、ここの駐車場に泊まる。
朝起きたら、隣りのご同輩(同じく車で宿泊する遍路さん)が、お茶をご馳走してくれ、宮崎の車でワシぐらいの男の一人旅でした。
29番 国分寺
省 略
お参りして、車に戻るとキレイな若いネエチャンが、近寄ってきて・・・・
ネエチャン「お参りして頂き、ありがとうございました。
お接待させてください。」
と、菓子袋を2つ(ワシと越後屋の分)差し出された。
駐車場で7・8人ほどの男女が、バスでも待ってるようなフンイキで、先ほどからウロついてましたが、お寺関係者のようでした。
ワシみたい不信心者にも、人並みにお接待されるのは気が引けるけど、気持ち良くお礼を言って頂きました。
さらに、紫の衣を着けた尼さんが、リンゴを2つ持って来て差し出し・・
尼さん「どうか、お接待させてください。」
ワシ・・・女性にもてるんだろか・・・・(^^;
同じようにお接待を受けた人が、お礼にお金を渡そうとして、お接待してる人が戸惑ってるのも見ましたが気持ちよく受けて、自分の納札を渡すのがホントらしいです。
ワシ、持ってたけど渡さなかった・・・なんせ、初めての経験だったもんで・・。
番号を間違えたのでは、ありません。30番は2つ有るのです。
何でか、よ~わかりませんが、明治時代の廃仏毀釈の時に、ご本尊が、どうかなったらしく、平成6年にこの寺が30番の奥の院となったそうです。
しかし、巡礼の人達は、ここには、あまり来ないようでした。
この寺の庭園には苔が生えており、京都の「苔寺」のような落ち着いた、綺麗な庭園でした。
● 32番 禅師峰寺
省略
● 33番 雪蹊寺
省略
この寺へ行く間、道路沿いには、小さい小川とか、少し大きい小川が流れており、綺麗な水が流れておりました。
子供の頃歌った「春の小川」の風景が浮かぶ道中でした。
かなり急坂の山頂にあり、細いミカン畑?の道でした。
車のすれちがいには、かなりの苦労を要する。
● 36番 青瀧寺
● 37番 岩本寺
省略
00/05/04記載
えっとおぉぉ・・「省略」が一杯有ります。
なんせ信心が足りないモンだから、寺へ行ってスタンプラリーのようにハンコ押してもらえば、それで良いんじゃ・・という感覚だったのです。
もっとも各寺での印象が、あんまり残っていなく「省略」しちまったという場合も有りますが・・・・。
ホントは書く内容が有って、実はこの24番・最御崎寺より尺八を吹き始めており、その様子は「第一章「高知 3修行の道」」に記載してあります。
しかし、「第三章・目次・前書き」に記したように、この時は遍路しながら尺八を吹いてたのを「FS20」の記載では伏せていましたので記載しておりまへん。
なんせ下手クソなクセして、こいつ何やっとんじゃ・・と笑われたくなかったもんでして・・今も、たぶん笑われとるやろおけれど・・・f(^_^;)ポリポリ・・・
もう当時の事を、だいぶ忘れましたが、24番・最御崎寺で、さんざんな演奏だったので、次の25番・津照寺でもウダウダと尺八を吹くかどうか迷いに迷い・・・あれっきりにして、もう吹かないで遍路しちまおうか・・と、常日頃のコンジョ無しの甘い考えが頭をかすめます。
しかし、ここで「やっぱし、ヤンピする」と言って止めちゃったら、越後屋に何と言われるじゃろか。
それこそ生きてる間中、越後屋に「ほれ、みた事か・・やっぱしぃ・・アンタは、そおいう人なんじゃ・・(^O^)ケケケケケ・・・・」と笑われながら、ズウゥゥ~ゥゥ~ッッ~ッと未来永劫にわたり、何かにつけて言われ続け、サミシイ思いしながら死んでいく事になり、それだけは何としても絶対に避けたい。
吹奏するのをウダウダと迷っているσ(*_*)に対して越後屋は、他人事のように「好きなようにしたら・・」という冷たい態度をとります。
まぁ、確かに他人同然だわなぁ・・愛が有れば優しく「アナタならだいじょうぶよ」とか「私が付いてるから・・」とか何とかかんとか、お世辞の一つでも言って励ますもんだが・・
サッサッとやっちまえ・・とばかりに、ヒマそうにしている越後屋に対し、メンツを失いたくないσ(*_*)の意地が有ったから、ある意味では踏ん切りが付いたと思う。
やっぱし参拝客の少ない時を狙い・・・当然、吹奏中は足が震え・・・音も震え・・(^O^)ハッハッハッハッ・・・・
よっぽど曲を短くしちまおうか・・と・・思ったが、何とか最後まで吹きました。
一番最初に吹いた最御崎寺の時に、それ相当のコンジョが要りましたが、次の津照寺で吹奏をするか止めるかで、この先も続けられるかどうかの、今思っても重大な分かれ目だったと思います。
シロウトなので舞台経験も少なく、しかもたった一人で見知らぬ衆人の中で恥ずかしさに耐えながら尺八を吹くという事は、コンジョ無しの自分自身に対する過酷なる戦いで、まさに最御寺と津照寺は「修行の道場」の門出に相応しい、ホントに厳しい二寺でした。
次の26番・金剛頂寺は、少し場慣れしたのか開き直りが出て来たのか、吹奏しようかどうしょうかと迷う事は無く、当然、参拝客が少なくなる時を狙ってですが・・。(^O^)
27番・神峰寺で、その時の車遍路を区切り打ち終わりました。
家へ帰ってからは、この失敗に懲りてもう二度と恥かかんように、徹底的にかなり練習しました。なんせメンツが掛かってるもんだから・・。
日を改めて28番・大日寺へから打ち始めました。
朝が早かったためか蝋燭・線香立てを寺の人が掃除しており、本堂で尺八を吹き終わったら、寺の住職さん?が掃除していた手をわざわざ休めて、尺八を誉めに来てくれましたが、まさか人から誉められるとは思わなかった。
寺の人は尺八を吹いたのをえらい喜んでくれ、ぜひ写真を撮らせてくれとカメラを取りに行き、越後屋と一緒にカメラに納まり、帰った後で家に写真を送ってくれました。
最御崎寺で尺八を吹こうと思った時から細々と練習をしてたのですが、「まぁ、これ位でいいや・・」の部類だったので、そんなのは気楽な甘っちょろい練習でした。
やっぱし恥をかいて、避ける事が出来ない目標に向かって必死に練習するのと、「これ位でいいや・・」と考えながら練習するのとは全然違うんでしょうなぁ。
この頃になると足の震えは無かったように思い、練習の成果も有ってか、少し慣れて来たのだと思います。
江戸時代に仇討ちの「志」を持ってる人が道場で剣術を学んだ時、普通の門下生よりも上達が早かったと聞いてますが、気持ちの持ち方で上達の違いが出るのが何となくわかる気がします。
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