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  19.12.22 UP


砂の器

初めての接待

 鍋岩からの山越えで、大日寺まで行きました。

 焼山寺の山越えの経験から、どんなスンゲェ〜山道かと思っておりましたが、最初の登りが一つあるだけで、後は舗装された下り道だけでした。

 その登り道も焼山寺の事を考えると、ピクニックみたいもんですわ(^^
カルイカルイ

 テクテクと舗装された道を下りて、村の家が点々とある所で、梅の木を手入れしてたジサマが、ワシらに挨拶してくれました。

ジサマ 
「焼山寺で泊まったんかね?」
「区切りながら歩いてるので、鍋岩から出発しました。」

ジサマ 
「おぉぉ・・、そぉじゃろおぅのぉ、焼山で泊まったら、
    たいてい、10時頃、ここを通るので早いなぁと思っとったんじゃ。

     
 (話してる、この時間は9時ころ)

   
 ・・・(家の中から、声がして)・・あぁん?・・・何じゃぁ?
    おぉ・・そうじゃあ・・・・おぅおぅ・・・・・
    ちっと、待ちなせぇ、接待するからのぉ。(^^;」


 遍路らしいカッコウしてでの、はじめての接待で、杖を焼山寺で買っておいて良かったなぁ。
 冷えた缶コーヒーと、家で作った草モチが入っており、すんませんねぇ。

砂の器

 大日寺に思ったより早く着いたので観音寺まで行き、車の置いてある所までタクシーで帰りました。

 その車中で年取った運転手との会話。
運チャン
「ワシャア・・、バスの運転手を定年で辞めて、この会社に入ったけど、
   昔のお遍路と今とはずいぶんちがうなぁ」


「そおらしいですねぇ、
  今は自分を見つめ直すのが主流らしいです。」


運ちゃん
「昔の遍路は、普通の宿とかに泊めてくれんかったのじゃ・・
     今じゃ、どこでも泊めるけど・・・」


「何でですか?」

運ちゃん
「うむ・・「砂の器」に出てくるような感じでのぉ・・・

  お遍路する者は、大病を患って平癒祈願とか、
  家族の中から極悪人が出て、村に居れないような者が村中から餞別貰い、
  その代わり、二度と故郷の村に帰れず死ぬまで四国中を歩いておったんじゃ。

  じゃから、ワシらの子供の頃は、お遍路さんはコワイと思っておった。

   そんなんで普通の宿なんかは泊めてくれず、泊まれるのは遍路宿とか
  善根宿でないと泊まれなかったんじゃ・・・。


   
お遍路も、その事は承知の上でのぉ・・・

   自分が、どっかで野たれ死んでも、いっさい身元を確認せず、また知らせることなく、
 そのまま処理してくれとの一札を持っておったんじゃ・・・」

 物見遊山的に歩いてたワシらには、グサッと響く「砂の器」的内容でした。

                        00/06/16記載

エアーサロンパス

 いやぁ〜・・・足が痛いですのぉ・・・続けて歩いてると・・・・。
 ワシの場合は、膝の関節ちゅうか、皿の所が痛いんですわねぇ。

 それでも1時間ほど、ガマンして歩いてると直ってきます。
 越後屋は、足の小指側にマメが出来て痛がってます。

 越後屋が足の筋肉に、エアーサロンパスを吹き付けており、効く気がするというので試してみました。

 これが効いたのですねぇ(^^;)フシギナ クライニ
 寝る前に吹き付けて、次の日歩くと足の疲れは少し残っていますが、以前のような疲れや痛さがないのです。

 まぁ・・歩き慣れも出てきたのでしょぅが、効いたのは確実です。

 もし、歩きお遍路する機会がありましたら、リュックの中に是非入れておく事を奨めいたします。

「おぉぉ・・・効いたなぁ・・・・(^^;)
  お前の顔にも吹き付けておいて、やろおうか」

「なんで (?_?)」

「ひょっとしたら、コジワが取れるかもしれんし・・・
  欲の皮が突っ張ってるんで、顔の筋肉も緩むかもしれんし・・」

「いらんわい。!!(-_-;)

食堂が無い

 観音寺から恩山寺までは、徳島市内を通って行くので、食堂はどこにでも有ると思い、非常食(リンゴ)は持って行きませんでした。

 この非常食のリンゴは、焼山寺に登った時に、とても助かりました。
 なんせ、山の中なので店もなく、ノドの渇きと腹の足しになる両面の性格を持ってます。

 今回はズルして、少しでも荷物を軽くしようと省略したのです。

 しかし市内に入っても、店は有るけど休業中です・・・日曜日だったもんで・・・。

 オフィス街なので人も来ないのに、そりゃあ店も休みたいでしょぅ。
 遍路のために、店なんか開いてくれんですわねぇ。

「腹へったぁ・・なぁ・・・(-_-)ガシ スルカモシリン」
「リンゴ・・持ってくりゃあ良かった・・・・(=_=)ウダウダ」

  ・・・テクテク・・・ヨタヨタ・・・・・ヂリ〜ン・・・・

「あっ!!・・あそこにラーメン屋の旗が立っている。(^O^)ヤッホー」

「おぉぉ・・開いてりゃあ良いけどのぉ・・・
  行ってみて、ハズレだったりして(^^;ナハハ・・」

「ハズレだった・・・・・(;_;)クスン」

   ・・・トボトボ・・・ズリズリ・・・ヂリ〜ン・・・
              ↑
           杖を引きづる音

 幸いな事に、行き倒れになる前に食堂を見つけたため、新聞に「平成のお遍路、休業の店前を目前に道端で餓死」と載らんですみました。

忘れ物

 そして、この日は、もう一つ大きなミスをしました。

 スーパーのベンチで休んでから出発したのですが、リュックをベンチの脇に置き忘れたのです。
 気がついたのは、1.5Kほど歩いた地点で、二人同時に「アッ」と言って気づきました。

 越後屋をその場に残し、疲れた足で取りにもどり、これで一時間ほど遅れました。
 忘れ物を取りに戻るのは、気持ちとしては20Kほどの距離を歩くのに匹敵します。

 越後屋の所へ、ようやく帰り着くと
「休んでると車が止まって、お接待だと言ってアイスクリーム貰ったよ。
  連れが居ると知ったら、二つくれて・・・・!(^^)!」


「で、その一つのアイスは?」
「食べちゃったぁ(^^;)
  だって、待ってると溶けちゃうもん。モッタイナイ」


「そぉなの・・・(-_-)」
「そいでね、その人、30才ぐらいの綺麗な女の人だったよ(^_-)」

「そぉなの・・・ゼヒ、お会いしたかったなぁ・・・(=_=)」
「そぉじゃろぉねぇ・・わかる、わかる(^^;)ヒッヒッヒッ」
「うん・・・・・・(/_;)シクシク」

立江駅

 夕方遅く、車を置いてある立江駅に、ようやくたどり着き、すぐに車の中でクツと靴下脱いで足を解放していると

「今、駅のトイレへ行ったら、待合室にオバアサンと若い男の歩きお遍路さんが二人いて、
 立江駅で泊まるんだって。」


「ふぅ〜ん。そいじゃ同業のよしみで挨拶してこようかな。
  クーラーボックスの缶コーヒー持って・・・」


 見ればベンチに横たわったバアサン(80才ぐらい)の足を、若い男の人(40才ぐらい)が揉んでいました。

 聞けば二人は親子でもなんでもなく、バアサンは11年巡り、今回は逆巡りをしていて、足が痛いと言ったら男の人が揉んでくれてるのだという。

 男の方は、昨日足が痛かったので少ししか歩いてないそうです。

                             00/06/16記載


編集後記(砂の器)

 今の人達は、映画「砂の器」のような遍路が、実際に居た事を実感として知っているじゃろか?

 σ(*_*)も遍路するまで知らなかったし、「砂の器」という題名は知ってましたが、恥ずかしながら話の内容までは当時は知りまへんでした。
 ただ、カワイソーな話しだったらしい・・という事だけで・・

 それからは「砂の器」の小説を読み、映画を何度か見る機会が有りました。

 「砂の器」を見る度に、あのラストシーン近くの親子で遍路している光景と、バックに流れる音楽は、遍路をしていた頃の数々が想い出されて、不覚にも涙が滲みます。

 もし遍路をしていなかった場合、果たして「砂の器」の映画を見ても涙を流したか・・どうか・・

 昔は一流の有名な旅館・ホテルは遍路を泊めると、その旅館の「格が下がる」と言って泊めなかったという話しは聞いた事がありますが、今は「お遍路ブーム」で団体でも何でも喜んで遍路を泊めてるようで、ホンマに時代は変わりましたなぁ。

 古い遍路姿の写真を見ると白衣を着て杖・笠を持ってるのが有りますが、そおいう人達ばかりでは無かったようです。

 タクシーの運ちゃんの話しを聞いて以後、機会があれば土地のトシヨリの人達に、昔の遍路の事を聞きました。

 σ(*_*)が聞いた限りでは、現在のように「癒しを求めて」とか「白い巡礼姿で・・」というキレイ事の話しは全く有りません。

 「ボロボロの服を着て、汚いカッコウしていた」「こわかった」というのしか聞いておらず、まさにタクシーの運ちゃんが言ったような人達だったんでしょう。

 某所遍路道沿いの山には、ほとんど知られていないが、山の斜面一面に無数の行き倒れの遍路墓が有るとも聞きました。

 懐かしい故郷へ帰る事もできず、死ぬまで否応なく四国を巡り続けて遍路せざるをえなかった人達に対して、自分の遍路は、いつでも遍路を止める事ができ、帰るべき場所も有ります。

 そんな事を考えながら歩いていると、物見遊山の感覚で歩いては、その人達に悪いような気がして来たんです・・かと言って、信仰心が芽生えたワケでも有りまへんが・・・

 立江駅で野宿してたバサマは、後でわかったのですが、そのスジでは有名な永年四国を巡り続けていたバサマだったらしく、今は老人ホームへ入ったとか・・・そこを逃げたとか・・


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