HOME > 紀行文「目次」 > 熊野古道・伊勢路「目次」 > 27 波田須(徐福の宮・弘法大師御足跡水)
「波田須・大吹峠・松本峠」地図のリンクは、「東紀州ITコミュニティ」様の了承を得ております。
熊野古道・伊勢路にある逢神坂峠より石階段の道を降りて行くと、やがて「新鹿」の町並みが見えて綺麗な砂浜が広がってます。
夏は海水浴場になるようで、そこの駐車場管理の吹きっさらしの小屋で一休みしました。
再び国道をテクテク歩くと、町外れ付近に地蔵さんと石碑が建っており、これが「巡礼道標」でしょう。
新鹿海岸の砂浜が終わる頃、線路沿いの急な坂道を上がって再び国道をテクテク・・・
波田須トンネルの手前から山道に入り、「西行松跡」の説明看板が有り、西行さんが松の木の下で一休みでもしながら歌を詠み、いずこへとなく去っちまったらしい。
しかし、どおしてその人が西行さんだとバレたのか、しばし考えたがわからん。
付近の道端には、人が住んでないような民家が有り、おそらく付近の住民先祖が、「西行」さんを有名人とも知らずに、松の下で休んでる小汚い人物に「まぁ茶でも一杯飲んで行けや」と優しく声をかけたと思います。
ちなみに松はもう無くなっており、小高くなってる所が、その場所らしいです。
この付近の集落は廃屋ばかりかと思ってましたが、家の前を通ると車も有り人も住んでるようで「東波田須」らしいく、そいで、ここからの石畳が熊野古道でも古い部類に入る鎌倉期のモノらしいです。
そりゃあぁ、西行さんもその時期の人だから、この石畳を歩いたでしょうなぁ。
そう思いながら5分ほど歩くと、急に何かの広場みたい所へ出た・・と思ったら、そこが波田須神社でした。
波田須神社から下りた国道脇に店が有り、昼飯時なので「ウドンのようなモノが出来まっか?」と聞くと「できまへん。寿司とかオコワなら有りますが・・」
オコワと聞いて、先日の450円の例が有ったので断ると、カワイソーに思ったのか「カップヌードルならできますが・・」と言ってくれましたが、これも断りました。
すんまへん、ゼイタク言って・・・。
山の中腹に有る店脇から海岸までの、もんのすごい急坂を、ガガァッ~と下ります。
「波田須」付近を歩きながら越後屋に「徐福って知ってる?」と聞くと「知らん」
「秦の始皇帝が、永遠の命を保つ霊薬が、東方の蓬莱山に有るから取って来いと命令されて日本へ来た人じゃ」
「あぁ、その話しなら聞いた事ある」
「確か1回目は失敗しちまって、2回目に来たんじゃなかったかなぁ。 一説によると徐福本人も、「そんなモン有るわけねえよ」と思ってたんだけど、そんな事を正直に言うと叱られて殺されちゃうかもしれからなぁ。
なんせ、あのワガママな事を言う始皇帝だもん。
そいで、徐福はそのまま居たら危ねぇから、2回目に探し行くと言って、うまい事ダマして財宝をギッシリ積んで日本に来たという説だったと思ったんだけど・・・一種の亡命ですな。」
「波田須」の住宅脇の道を通り、こじんまりした小さいお宮の「除福の宮」に着き、そこの境内で一休みすると、狭い境内に「子宝の神」と書いた立て札が有ります。
こおいうモンは、たいていそのタグイのモノじゃろうと思って喜んで・・・・あっ、いや・・その・・・・歴史的考察と学問的探求心を持ちながら、慎ましく拝見しに裏へ回りました。
そしたらやっぱし、そのタグイのモノじゃあねぇかぁ。!(^^)! ダハハハ・・・
二種類の木が、根本で合わさったようになっておりましてなぁ・・それだけならまだしも、あぁたあ・・・
根の一部が・・あのその・・何と言って表現して良いのか・・ええっとおぉぉ・・・ナニの形をしとりましてなぁ・・ワシ・・恥ずかしくて、とてもこれ以上よぉ~書けん。
それにしても、よぉ~出来てました、あれなら子宝に恵まれるでっしゃろなぁ。(^O^)
波田須の集落を歩いてると、川の側に「弘法大師・御足跡水」ちゅう看板が出ており、たぶん大師様が水不足に苦しんでる村民を憐れみ、そこらの岩に横蹴りか足刀のケリを一発入れて水を出したんでしょう。
そりゃあぁ~・・弘法大師様の伝説が有る所なら、ちっと位離れていても見に行くでぇ・・と川に沿って少し歩くと、看板と矢印が道端に有りました。
で・・矢印の指す方向を見ると、川を渡った向こう岸・・おぉぉ、そおいえば川の近くに屋根のようなモンが見えるじゃねぇか。
きっとそこが大師様がケリを入れた場所だろおと思い、合掌しつつ伏し目がちに遠慮しながら近づいてみると・・・単なる薪を積んだ屋根だった。
はれっ?・・大師様がケリを入れた足跡はどこ?
看板と矢印の所へ戻り、矢印とは反対側の山側に石畳の道が有り、そこに何かブロックで作ってあります。
行ってみると「弘法大師」と彫った石がセメントで固めてあり、その右横に穴が空いており、たぶんそこから水が出ていたんでしょうなぁ・・今は枯れて何も出てないが・・・
再び看板と矢印の所へ戻り、しげしげと何で矢印が反対方向を向いてたんじゃろおう?と眺めてると、やっと原因がわかった・・・看板が外れて矢印が折れてたんですなぁ。
倒れるかもしれんが、一応正しい方向へ向けて置いときました。
「文字岩」というのが有るらしいので、歩いてる時に標識には注意していたが、わからんかった。
見たかったなぁ・・と思いながら集落外れの山道を登り始めて振り返ると・・・通り過ぎた集落の民家に白い看板が見えるでねぇか、たぶん、そこに「文字岩」が有るんじゃろなぁ、岩も有るしぃ・・。
戻ってまで見に行く元気が無かったので、そのまま進みました。
恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「手向」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます
当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がで販売されています。
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