HOME > 紀行文「目次」  > 「佐渡の隠れた魅力ポイント」地図と目次 > 1 佐渡・両津へ  


 佐渡の印      佐渡「おけさ丸」    遍照の響き
 旅行日 2017/6/25    2017/12/1 UP
     ついでに寄った「佐渡の木造校舎」30校


今は昔、佐渡汽船と両津市内

新潟航路・佐渡汽船「おけさ丸」

 本州から佐渡へ渡るには、「新潟」航路と「直江津」航路の2コースがあります。佐渡汽船「おけさ丸」・船内

 他にも「赤泊」航路も有りますが、これはフェリーでは無いので、車で乗り込めず、フェリーだったならば、こちらの方が近かったので利用したのですが・・・

 で・・「新潟」航路と「直江津」航路のフェリー料金は同じか・・と思えば違っており、少し「直江津」航路の方が高くてフェリー便数も少ないよおなので、「新潟」航路で行く事にしました。

 フェリー乗り場で手続きして待機場所へ行くと、車は数台しか待っておらず、まぁ・・観光シーズンも終わって平日だからなぁ。佐渡汽船「おけさ丸」・二等客室

 十数年ぶりにフェリー乗り場の待合室へ行くと、錆びれてますなぁ、昔はもっと乗客が多く土産店も活発だったのだが・・・乗船時間になり車へ戻ってみると、車が増えていました。

 「おけさ丸」に乗り、やっぱり十数年前と違って、船内はハイカラになってるような気がする。

 σ(*_*)が美青年の頃(約40年前)、初めて佐渡航路の船に乗った時ビックリした事がありました。

 もうすく「両津港」に入港する頃、「佐渡オケサ」のメロディが流れ初め、いざ着岸間近という頃になると、乗客はだいたい下船口に集まってますが、かまわずに二等客室にボケェ~と座って待ってました。

 すると、どこからともなくオバハンの集団が現れて、船室をホウキで掃いたりして掃除し始めます。佐渡汽船「おけさ丸」・ポスター

 えっ・・普通、客が居る間は掃除をしないもんだがなぁ・・と思いながら、なおも居座っていると、オバハンが「掃除するから、どいて・・えっ、もうすぐ船が着くんだから」と、ホウキで追い出されました。

 σ(*_*)は今まで九州郵船のフェリーに乗って対馬まで行った事がありますが、こんな扱いを受けたのは初めてです。

 その時だけかと思ってましたが、佐渡を往復する時に乗った船では、いつもホウキで追い出され、最初の頃は居座って抵抗したのですが、最後にはアキラメました。

 佐渡の人達も、こんな扱いを受けて良く黙っているなぁ・・・と、思って聞いた事がありますが、もう洗脳されているのか違和感は無いよおでした。

 でも、初めて来た観光客ならば、佐渡への印象はもんのすごく悪くなり、もう二度と来なくなるとその時に思った。佐渡・姫崎灯台、「おけさ丸」より

 で・・これが美青年の頃の話ですが、十数年前に二度目の佐渡で勤務した美壮年の時は、そんな事ありましたか?・・という感じて、ホウキで追い出される事は無く、今回も有りませんでした。

 やっぱり、どこかから抗議というか、あれはマズイんじゃねぇの・・という声が上がったのでしょうなぁ。

 佐渡汽船としては隠しておきたい過去だと思うが、事実は事実なので・・・でもそのうち皆、忘れてくれるでしょう・・たぶん。

 姫崎灯台を通過する頃から「佐渡おけさ」のメロディが船内に流れます。

 夕刻で暗くなっているので姫崎灯台の光が点いており、金北山は雲の中に入って、弾崎付近も煙ってハッキリ見えません。

 そお言えば二度目の佐渡勤務の時も、こんな感じで両津へ入港したなぁ。

両津市内の今昔

 両津港の赤防波堤には飾りがしてあり、「おけさ灯台」とし編み笠と着物の袖をデザインされてますが、これもあんまり紹介されていません。

 知らない人が見たら、何か変わったモンが灯台に、くっ付けてあるなぁ・・と思う程度でしょう。佐渡・両津港「おけさ灯台」

 実際、それを見ていた隣のオバハン達が「何だろ」と言ってたので教えてあげました。

 「両津」フェリー乗り場の土産物店は、ほとんどシャッターが下りてます。

 昔は、両脇のシャッターが開いて明るく、客引きのオバチャン・トッツアン達が声を掛けてきたのになぁ。

 今じゃあ通路も暗く、すっかり寂れており、当時は客引き間のケンカざたもあって、店の何メートル以上は出ないというルールが有ったのにぃ。

 出口の道路には「ワカメ売り」のバサマ達数人が、観光客に声を掛けて売り付けていたのだが姿も見えず、お亡くなりになったのか老人ホームへ入られたのか・・。
両津橋より「村雨の松」、佐渡紀行
 駐車場付近に有ったラーメン屋もつぶれており、そこで懐かしくラーメンをすするつもりだったのにぃ・・・

 子供が高校通学するために買ってやったバイク屋さんも、廃業したのか無くなっていました。

 両津市内へ入ってみると、これまた昔はフェリー着岸時には「両津橋」まで、車で渋滞していた道路がスンナリ通れます。

 この渋滞は一度目の勤務した時から有って、かなり問題になっており、その原因の一つが商店街通りの道路だったため違法駐車が多く、そこにフェリーを下船した車・バスが通るもんだから動けなくなっちゃうんです。

 で・・警察もその時は、「こらっ、駐車違反かるんじゃねぇ」とマイクで動きまわっていたのですが、島民は知った事じゃねぇ・・と無視するんですなぁ。両津橋より市内、佐渡紀行

 歴代の警察署長も頭を悩ましており、どうしょうも無かったよおですが、ある時の署長が勇気を奮って一斉摘発を行ったそおです。

 が・・島民の反発が、もんのすごくて結局その一回限りで、元のモクアミになったそうで、二回目の勤務の時にそれを聞きました。

 今ではその商店街もシャッターが閉まって昔の賑わいも無く、道路に車を駐車しても、どおみても渋滞が引き起りそうにも無いほど、スッキリしています。

 でも裏の飲み屋街だけは、昔と同じように残っており、寂れても飲み屋街だけは最後まで残るんだなぁ・・と改めて感心した。

 すみません、ホントは佐渡の魅力を記載するつもりでしたが、佐渡の悪口ばっかり書いたよおで・・・これも昔の佐渡を懐かしんでの事として、許してちょんまげぇ。


  「佐渡の隠れた魅力ポイント」目次    次頁「内海府海岸」へ→内海府海岸、佐渡紀行 

 佐渡紀行をした時には、同時に「佐渡の木造校舎」も訪れましたので、そちらも参照していただければ幸いです。


 恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「五木の子守唄」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます

 当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がpixtaで販売されています。


以下、広告です。


老後の趣味に憧れのピアノを始めてみませんか?  
 <レンタルボックス>の種類・料金を見る
 <レンタルボックス>を自宅周辺で探す  

  中学英語を使える英語に!