HOME > 紀行文「目次」 > イザベラ・バードの道「地図と目次」(関東・東北編) > 67 桃源郷
掲載日 2016.5.17 旅行日 2015.7.4
私が小松に入ると、私を見た最初の男が急いで戻り、町の最初の家の中に向かって「はやく!外人が来るぞ」という意味の言葉を叫んだ。 それで、私が宿屋に着くころまでには、大きな群衆が押しかけてきた。
私が小松を出発するとき、家の中には60人もおり、外には1500人もいた。 塀や縁側、屋根さえも満員であった。 私が馬に乗ると、群衆がついてきた。
進むにつれて群衆は増し、下駄の音や群衆の声に驚いた馬は、ついに頭につけた綱を切った。 馬は前足で乱暴に打ちまくるので、群衆は右へ左へと散った。
馬が警察署の前を走りすぎようとしたとき、4人の警官が出てきて馬をつかまえた。 ふり返ると、伊藤の馬は後足で立っており、伊藤は地面に落ちていた。
高梨健吉「イザベラ・バード 日本奥地紀行」より
「羽前小松駅」へは幅広の県道が有りましたが、あえて「上小松」から旧道を通って「羽前小松駅」へ行きました
イザベラ・バードが泊まった宿の場所を知らなかったので、「羽前小松駅」で若い駅員が掃除していたので、イザベラ・バードの事を聞くとパンフレットをくれ、また忙しそうに掃除したのでそれ以上は聞けませんでした。
パンフレットの地図を見ると、通って来た道が「イザベラ・バードが歩いた道」と書いてあり、おぉぉ・・良かったなぁ。
しかしイザベラ・バードが泊まった宿の場所は、記載してありません。
掃除が終わった駅員さんに、イザベラ・バードの宿の事を聞いても知らないらしく、この地域の人はイザベラ・バードにあまり関心が無いのじゃろうか?
σ(*_*)だったら、泊まった宿と、馬を取り押さえた警察署の位置くらいは、パンフレット地図に記載するのだけどなぁ・・関係者の人、見ていたら一考してね。
後で調べるとイザベラ・バードが泊まった宿は、旧道の途中に有る、今はガソリンスタンドになってる場所らしかったが、その時は知らなかったので写真はありません。
駅待合室の一角に「井上ひさしミニミュージアム」があり、ここは「井上ひさし」の出身地だったのですねぇ、知らなかった。
これも知らなかったのですが、引用している「イザベラ・バード 日本奥地紀行」を訳した高梨健吉も、この小松出身だというのが調べているうちにわかりました。
気のせいかもしれんが、川西町小松は「井上ひさし」に関しては力を入れてるが、「イザベラ・バード」に関しては、それほど力を入れてないような気がして惜しいと思う。
米沢平野は、南に繁栄する米沢の町があり、北には湯治客の多い温泉場の赤湯があり、まったくエデンの園である。
「鋤で耕したというより鉛筆で描いたように」美しい。 実り豊かに微笑する大地であり、アジアのアルカデヤ(桃源郷)である。
私たちが通過したり傍を通った村々は、吉田、素島、黒川、高山、高滝であったが、さらにこの平野には50以上も村落の姿が見えて、ゆるやかに傾斜する褐色の農家の屋根が林の間からのぞいていた。
私たちは馬に乗って4フィート幅の道路を4時間ほど、これら美しい村々を通って進んだ。
高梨健吉「イザベラ・バード 日本奥地紀行」より
「小松」の町から「洲島」まで、どのような道筋で行ったのか、地図をニラメッコして知恵熱が出るほど考えたが、わからんかった。
地図には「吉田」「黒川」等の地名が記載されているが旧道がわからず、たぶん、現在の県道を離れている集落の道だろおと思ってそこを通りました。
「羽前小松駅」を出発して少し行くと途中に、ネットで見たベルの付いた「アルカディアの塔」が有り、この「アルカディアの塔」の存在は知ってましたが、設置場所がわからず、まぁいいや・・と思ってたのですが偶然に見つけれました。
ちなみに「アルカディア」とは、ギリシアの地域地名で理想郷だったらしい。
イザベラ・バードがこの付近を「鉛筆で描いたような桃源郷・・」と表現しておりますが、σ(*_*)から見れば普通の農村風景です。
きっと深い山の峠をいくつも越えて来たので、久々の広い田園風景を見てホッとしたのかもしれず、道幅も昔は4フィート=約1.2mだったのでしょう。
「洲島」に最上川の渡し船に使用されたと言われる「舟繋石」というのが有るのを、下調べしていた時にわかりましたが、これまた知恵熱が出るほど調べたが、どおしても場所がわからん。
現地へ行って人に聞けばわかるだろおと思い、「洲島」集落入口の八幡神社へ行くと、ちょうど若い神主さんが居たので、「舟繋石」の事を聞けば知っており、良かったなぁ。!(^^)!
ただし・・場所の説明が難しいので、できれば車屋の近くでだれかに聞いた方が良いと言われました。
教えられた道を行き、車屋の看板が有る所で道がT字路になっており、その突き当たりの所に細い農道があります。
こおいう場合はその道へ行けば良い事が多く、行ってみると広い畑地でY字に道が分かれており、川なんて無いでぇ・・・おい・・。
やっぱり付近で聞き直さないとアカンのかと思って引き返し、車屋の手前でジサマと子供が川で遊んでいたので「舟繋石」を聞くと、車屋看板を左の道へ行くのだと教えてくれました。
先程はチラッとその道を見たのですが、民家が有って行き止まりだと思い、まさかその先に道が続いてるとは思わなかった。
道なりに少し行くと、ジサマの言う通り、小屋の傍の道端に石が有り、これは聞かないと場所がわからんと思う。
で・・肝心の「舟繋石」は、穴がくり抜いてあり、この穴に舟を繋いだよおです。
付近は広い畑になっており、昔はこの付近まで川の流れが有ったのですが、何も知らない人が、この石を見ると古代文明の遺跡だと思うじゃろなぁ。
恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「惜別の唄」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます。
当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がで販売されています。
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