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 直江津・野宿場所、「越後33観音霊場・只一人」紀行文 H20.4.13 巡礼   H21.9.26 UP


野宿と居多神社/越後33観音霊場・只一人

野宿

 高田駅より汽車で直江津駅へ行き、当てにしていた駅近くの「イトーヨーカード」へ行くと、もう閉まってた。おり、あちゃあぁぁ・・晩飯に何か買おうと思ってたのにぃ・・

 おまけに、けっこう高田市内を、ウロつき回っていたので足が痛く、しょうがないので、やっと見つけた小さい食堂でラーメンをすすりました。

 ラーメンすすった後、上越市内の野宿候補地へトボトボと歩き、暗いので町並みがよぉ~わからんかったが、この方向だろうと道を曲がったら正解で野宿予定候補地に着いた。

 時間は夜中の10時であり、人も車の通りも無いし、疲れたし・・・と、その候補地の軒下で野宿する事にした。

 寝袋に入っても寒いので、ツェルトを寝袋に掛けたら少しは良くなったが、やっぱし未だ寒い。野宿現場、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 なんせ荷物を軽くしようと思って夏用の寝袋にしたからなぁ・・帰って調べると、その晩は最低気温8.3度だった。

 野宿場所の建物は、一面が玄関側の建物で風は来ないが、二面が開けており、残る一面の風除塀を頼りにしたのですが、塀の下が空いており、そこから隙間風が入って来て、これがまた寒い。

 野宿場所はやっぱり、四方が囲まれてる場所が良いよぉでんなぁ。

 寒いので体を固くして寝ているので筋肉痛になり、また夜中に寒さのため何度が起きました。

 朝方4時半頃にウトウトしていると、頭の方に有る新聞受けに新聞を入れる音が聞こえます。

 おそらく新聞配達の人は、こんな所でだれか寝とるでぇ?・・行き倒れか、浮浪者か・・とにかくこんな所で寝るモンはマトモな人間じゃなく、関わり合いにならん方がええ・・と思った事でしょう。

 5時半に起きて、明るい所で改めて寝ていた野宿場所を見た自分自身でさえ、そう思ったんだから・・・

 寝起きでボオッ~としとると、近所のジサマが胡散臭そうに近寄って来たので挨拶したが、黙って行っちい、やっぱり関わり合いには、ならん方がええと思ったんでしょうなぁ。

 よっしゃあぁ・・これ以上、胡散臭そうに見られないようにと、サッサッと荷物を片付け終わった時に、ジジ・ババ共が集まり始め、ラジオ体操でもするのかと思って様子を見ていると、今日は地区のゴミ拾いの日のよおです。

 良かったなぁ、もおチョット遅かったら、集まり始めたジジ・ババ達から不信な目で見られ、即刻、警察か憲兵隊に通報・引き渡される所だった。

居多神社と「片葉の芦」

 野宿箇所の近くに居多(「こた」と読むらしい)神社ちゅうのが有り、歴史的にも有名な神社らしく、ずうっ~と昔は海の際に有ったらしい。居多神社、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 リュックなどの荷物はそのままにして、尺八だけを持って居多神社へ行き、早朝で寒いので指先が動くかなぁ・・と思って尺八参拝すると、やっぱし曲の出始め付近を失敗しちまった。

 居多神社・入口脇にススキの枯れたような一群が有り・・ミットモねぇなぁ、大した面積でもないんだから刈っちまえば良いのにと思ってると、丁寧にそのススキが竹囲いがしてあり、案内板に「片葉の葦」の説明書がしてありました。居多神社、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 それによると親鸞さんが、お上に睨まれて越後に配流された時、この居多神社に参拝したそうで、たぶん「ナマンダム」と唱えられたんでしょう。

 寒くて手先が冷えていてもσ(*_*)のような尺八を吹くのと違い、口で念仏か経を唱えるのだから、たぶん念仏は間違える事は無かったでしょうなぁ。居多神社・片葉の芦、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 そいで「ナマンダム」が盛んになるようにと祈願したところ、あなオトロシや・・・一夜にして境内の葦の葉が、片葉になったそおですがなぁ。

 σ(*_*)が尺八を吹いて参拝しても、冷たい風が吹き抜けるだけだったのにぃ・・まぁ、失敗しちまったしなぁ・・モンクは言えんけど・・居多神社・片葉の芦、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 そのススキの枯れたような「葦」の群生地に近づき、「片葉の芦」ってどんな物じゃろ?と思って見たんですが、なんせ枯れているもんだから、枯れススキと、どこが違うんかと思って見ましたが、よぉ~わかりまへん。

 そいで、群生している中に折れた茎が1本、地面に有ったので、証拠写真を撮ってみました。・

 まぁ・・確かに片方しか葉が出ていまへんわなぁ・・ナムナムナムナム・・あっ、決してσ(*_*)が葉っぱを片方側だけムシり取った物ではありまへんので・・

 どなたか、普通の葦と見比べてくんなせぇ、

直江津市内より 

加賀街道の松、「越後33観音霊場・只一人」紀行文      早朝の直江津市内、「越後33観音霊場・只一人」紀行文      春日山城石垣を模した公園、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 直江津市内の道をテクテク・・・日曜の早朝のためか、ほとんど人通りが有りまへん。

 春日山駅付近の道路の道端に、遺跡のような石垣が有り、おぉぉ・・珍しい物かもしれんと思い喜んで近寄ってみたら、モニュメントで春日山城を催した公園だった。妙高方面を望む、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 案内板を読んでみると、実際にはこのような石垣の城門とかは無かった・・と書いてあります。

 まぁ、それでも折角なので、城門の中に有るトイレを借りて、しばらくベンチで休みました。

 この近くには上杉謙信が居た春日山城跡が有り、昔行った事がありますが、それほどの所でもなかったので今回は寄りまへんでした。

 高速道路のガード下を潜ると、一気に今までの都会風景から、ノドカなタンボ風景になります。タンボの中の祠、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 そのノドカな風景に、さらに輪を掛けたように、タンボの中にチッコイ祠が有り、桜の木も有って、なかなか絵になりまんなぁ、「金谷」の道沿いに公園が有り、一休み。

 近くに教会のような建物が有りますが、でも、これは教会ではなく、ブライダルセンターとか言うハイカラな物で、分かり易く言えば、早い話が結婚式場ですがなぁ。「金谷」集落の公園、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 なんで知ってるかと言うと、σ(*_*)とこの子供がここで式をあげたんです。 クリスチャンでもねえのにぃ。

 子供は、どうでも良かったらしいですが、そのヨメさんの方が強く希望し、それに越後屋が「女というものはねぇ・・そおいう事に一生に一度の夢を見るもんなの」と味方しやがったもんだから、ズルズルとその教会方式になっちまった。

 そんなもんだからσ(*_*)の結婚式なんか、全く希望もせず、夢にも見たくなく、絶対に思い出したくもない仏式だったでぇ。上越ブライタルセンター、「越後33観音霊場・只一人」紀行文

 子供達がそのズルズル方式でやるので、それでもええや・・と思って、始めてキリスト教的?の結婚式なるものに参加しました。

 本物なのか雇われたニセモンの牧師かわからんが、寝癖がついてるような髪で出て来て、テレビドラマでやっとるような愛の誓いの儀式なる物を拝見しました。

 儀式事態は、フウ~ンこんな物か、テレビでやっとるのと変わらんなぁ・・と思ったが、式の途中から女の人のソプラノの歌が入るんですなぁ。

 最初はテープでも流してるんかと思ってましたが、ふと後ろを振り向くと、高台の所で太った女の人がボリュームの有るソプラノで一人で唄っており、こおいうタグイの人の歌声を聞いたのは始めてです。

 マイク無しで、あれだけの声量は、飲み屋で歌うカラオケどころじゃありまへんでぇ、トッツアン。

 さすが、こおいう歌う人だけは本物のプロでないと勤まらんと思う。

 そおいえば四国遍路していた時に、σ(*_*)の尺八を聞いたネーチャンが一緒にライブをやろうと言ってた「情熱の歌姫」は、今頃どうしているかな?。

 アルバイトで結婚式場で歌っていると言ってたが、このような事をやってたんじゃろなぁ。

 あれから8年余り・・もうσ(*_*)のような流れ者の事などは、忘れ去られてるかもしれんが・・夢は叶ったじゃろおか。


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 恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「阿字観」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます


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