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海蔵寺・中門、熊野古道・大辺路を歩く  2011.4.10旅行   2012.2.21掲載

海蔵寺より清水峠へ/熊野古道・大辺路を歩く

『休平」よりの山道、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文     海蔵寺へ、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文      海蔵寺・禅堂、熊野古道・大辺路を歩く

 「休平」の山道を降りていく途中に炭焼き小屋があり、その付近から車が通れる幅の道になって広くなります。

 さらに歩いて行くと、緑の樹木の中でピンク色が目立つ満開の枝垂れ桜?が咲いており、手入れが良い家ですねぇ。

 民家かと思ったら「海蔵寺 禅堂」という看板が有り、はれ?・・・海蔵寺は、もお少し先だと思ってたが・・・海蔵寺、熊野古道・大辺路を歩く

 「禅堂」と書いてあるので、よっぽど寄って尺八を吹いて行こうか・・と思いましたが「何とか道場」とも書いてあり、瞑想している人が居たら修行のジャマになったらアカンと思い寄りませんでした。

 道を下っていると軽自動車を運転している坊さんが、通りすがりに頭を下げて礼をして行きます。

 へえぇぇ・・梵字を書いた笠を被ってるから遍路・巡礼のタグイと見て挨拶してくれたんかな?と思ったら、笠に何も書いて無い越後屋にも礼をして行ったらしい。

 いずれにしても、坊さんの方から先に頭を下げて礼をしてくれるなんて珍しい事で、なかなか出来た坊さんだと越後屋と盛んに話をして、少なくとも四国では、坊さんの方から先に合掌された事は無かった。

 海蔵寺に着き、山門というのか中門にベンチが有ったので、荷物を置いて一休み。海蔵寺の犬、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文

 海蔵寺・本堂の階段下に犬が寝ていますが、吠えずに無視して寝ており、本堂に上がって参拝しようと思い近づいても起きず、階段を上がる時に寝たままのカッコウで上目で見ており、普通ならば「ギャン・ギャン・・」と吠えるのにぃ。

 本堂の戸が開いたので、堂内に入り尺八二曲を吹いて参拝しました。

 この時も普通の犬ならば尺八の音が聞こえたら、何が始まったのじゃとばかりに吠えまくるのに、さすが禅寺の犬だけあって、きわめて冷静に何が有っても動じません。

 静かに瞑想されておられ、悟っておられる犬だこと・・・世間のアホ犬共も、海蔵寺へ修行しに来て少しは見習え。

海蔵寺と標識、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文 紀伊浦神駅、熊野古道・大辺路を歩く 「浦神」線路沿い、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文

 海蔵寺近くの踏切に「熊野古道・大辺路」の標識が有り、海蔵寺と鉄道線路の間の小道を行くようになってます。

 桜並木の小道を歩きながら「紀伊浦神駅」を横目で見て行くと踏切が有り、先を歩いてた越後屋がウロウロしており、聞いてみると「線路沿いの道を、そのまま真っ直ぐに行くものだと思って行ったが、どうも人家へ行くようなので戻って来た。」

 おぉぉぉ・・言われてみれば、何の標識も見当たらんから、普通だったら、そのまま真っ直ぐ線路沿いに行っちまうわなぁ。

「浦神」細い道、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文      「浦神」付近細い道2、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文      「浦神」より「清水峠」へ、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文

 通りかかった人に尋ねると「地元でないので、近くの家の人に聞いた方が良い」と言うので、付近で車をいじくってたアンチャンに聞くと、こんな所に道が有ったの?と思う所に、細い道が家に隠れていました。

 逆方向から来る人ならばわかるかもしれんが、σ(*_*)らの行く方向へ歩いてる人は、わからず、越後屋と同じように、そのまま真っ直ぐに線路沿いを歩いて行っちまうかもしれんなぁ。

清水峠へ2、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文    浦神港を望む、熊野古道・大辺路を歩く    清水峠へ・水飲み場跡、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文

 細いコンクリ舗装の坂道を上り、このまま続くのかと思ってたら、石階段が崩れたような草地を行き、よおやく古道らしくなり、そこからは浦神港が見下ろせました。

 山裾の道端に人工的に石組みした場所に水が溜まっており、「水飲み場」跡という雰囲気なのですが、当たりを見渡しても説明看板が有りません。

清水峠へ3、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文    清水峠へ竹林、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文    清水峠、熊野古道・大辺路を歩く

 昔は農耕地だったが、今は荒れ地という感じの情緒がある平坦な道を行き、竹が生えた少し荒れてる急坂道をヒーコラ言いながら上がると「清水峠」で、ベンチが有ったので一休み。

清水峠付近を下る、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文    清水峠より国道合流付近、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文    清水峠入口・国道、熊野古道・大辺路を歩く

 清水峠から少し下りると、墓のような石道標があり「右 上田原 左大へち 施主 七兵衛 おゆき 与助」と彫ってあり、仲良し家族の三人が設置したのでしょうか?紫スミレ、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文

 ただ・・・上田原へ行くらしい別れ道が、よぉ~見つけれなかったが・・・

 国道42号線と合流する所に、大きな看板に「清水峠 入口」と書いてあり、いいなぁ・・・逆方向から来る人は、分かり易い看板が有って。

 σ(*_*)らが清水峠へ登る時なんか、「浦神」付近で入口がわからず踏切の所で迷子になりかけたでぇ。国道42号線、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文

 今までと違って、バアッッッ~と広い国道42号線歩いてると、山肌を削った所の境目に、枯葉と混じって紫色のスミレが群生しており、ずいぶん生命力が強いんですねぇ。

 国道が大きくカーブして線路と離れる付近に、荒れ地と言うか湿地帯というか・・そんな場所に国道に沿って遊歩道のような道が付いてるのが見え、時々看板が有りますが、国道から見ると後ろ向きに立ってるので何が書いてあるのかわかりまへん。湿地帯の遊歩道、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文

 その遊歩道が、どこまで続いてるかわかっていれば、車が走り回る国道脇をヒヤヒヤしながら歩かなくても良いのにぃ・・と横ニラミしながら国道を歩きました。

 そしたら、あぁたぁ・・・「田原川」近くで「熊野古道・大辺路」の看板が有り、近くのガードレール下を通って、その遊歩道を歩く事になってるじゃありまへんかぁ。

 逆方向コースの人は湿地帯を歩くのが、わかるかもしれんが、σ(*_*)ら方向コースの人は、わからんので泣くじゃろなぁ。

 この遊歩道への入口がわからなかったのと、途中で何箇所か有った看板が全て後ろ向きになっており、メンドウなので確認しなかったのがミスの元でした。標識の形、熊野古道『大辺路」を歩いた紀行文

 ちなみに、ここから先の「熊野古道・大辺路」看板は、今までの長方形と違い、全て雲形?の看板になり、だれにモンクを言えば良いのかわからんが、看板の形は統一して欲しい。

 さらにゼイタク・ワガママを言わせてもらえれば、σ(*_*)らのように那智方面から歩く人のために、熊野古道・大辺路の看板設置する位置にも配慮して欲しい。

 後で聞いたのですが、「白浜」方面から来る方が標識が分かり易いらしいとの事でした。


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 恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「惜別の唄」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます。

 当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がpixtaで販売されています。



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