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大泰寺・境内、熊野古道・大辺路を歩く 2011.4.10旅行   2012.2.25掲載


大泰寺の平家伝説と薬師堂/熊野古道・大辺路を歩く

「庄」集落へ、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文   出会った犬、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文   白犬、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 「庄」集落へ向かって歩き、途中よりタンボの一直線になってる農道を行くと、先を歩いてた越後屋が立ち止まっています。「向地」へ、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 「どうした?」と聞くと、「これから行く「向地」集落への農道に白い犬がいる。」と言います。

 いややなぁ・・吠えられるのは・・越後屋と同じ思いだったので、ちょうどそこに寺の階段が有ったので、腰を掛けて休みながら犬の状況を観察しました。

 犬もこちらの存在に気が付いてるよおで、今までの経験上、その気が有る犬ならば遠くに居ても吠えながら走り寄って来るのですが、 白犬は吠えながら来ません。

 どちらかと言うと散歩しながら、こちらへゆっくり歩いて来ており、犬も散歩するんでしょうかねぇ。大泰寺へ、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 近づいて来て、そこらの畑でチッコしたので、白犬に口笛を吹いてやると「ギョッ」とした様子でこちらを見ましたが、近寄って来るかなと思ったら、人見知りするシャイな犬のよおでコソコソと今来た道を引き返しました。

 なんじゃ、コンジョの無い犬じゃのおう。(^O^)

 見ていると「向地」集落の飼い犬らしく、オートバイで来たオバハンにシッポ振ってジャレており、「早く家へ帰れ」と言われ、ションボリと集落へ帰っていきます。
大泰寺・入口、熊野古道・大辺路を歩く    大泰寺・椎の巨木、熊野古道・大辺路を歩く    大泰寺・階段、熊野古道・大辺路を歩く

 犬が吠えない事が分かったので、今朝通った「向地」集落へ行き、熊野古道・大辺路を歩くのに時間が有ったら寄るつもりであった「大泰寺」へ行きました。

 けっこう古くて歴史の有る寺のようで、ここの「ウリ」は薬師堂のよおです。

 「椎の巨木」を植えたという「平維盛」という人物は、よく知らなかったので、帰ってからネットで調べると、けっこう平家一門では有名な美青年であったようです。

 ただ・・平家一門での出世競争には縁遠く、おまけに有名な「富士川の戦い」の総大将で、みっともねぇ負け方をしちまうわ・・続く倶利伽羅峠の合戦でも、やっぱり同じように恥ずかしい負け方をしちまうわ・・で良い事無し。大泰寺・本堂、熊野古道・大辺路を歩く

 「一ノ谷」の合戦では屋島から、こっそり秘かに脱出したらしく、あんまり・・というか、全く武将としては名声を得てまへん。

 きっとσ(*_*)のように気が弱く、お人好しの性格だったのでしょう。

 そいで、その落ち延びた人が、何でここに「椎の木」を植えたのかとネットで再び検索すると「熊野地方の落人達」というサイトに詳しく書いてあり、それによると「ああだ・こうだ」と言われながらも平維盛は、忠義な人だったらしく、秘かに安徳天皇を守って落ち延びたらしい。

 落ち行く先は「色川」という所で・・はて?この地名はどこかで聞いた名前だなぁ・・と思って調べると、「中辺路」の「大雲取越え」付近に有る集落でした。

 平家落人伝説は、もんのすごく好きなので興味深く思ってますが、あんまり、こればっかりズラズラと詳しく書くワケにもいかんので、興味有る方はサイト等で調べてください。大泰寺・薬師堂、熊野古道・大辺路を歩く

 今朝に見た「大泰寺縁起」を、もう一度読んでみたが、どおにもわからず、どうにかこおにか無理して読み砕くと・・伝教大師がここへ来た時に、柳や楠の木が生えて泉が湧き出る砂場が有ったので、土地の人に砂を掘って浸れば病気が治ると言ったらしい。

 ところが土地の豪族が娘を砂湯に浸けていると、蛇渕から大蛇が出て来て親子を一飲みにしちゃったそうな。

 見物人や野次馬が大騒ぎしてる所へ伝教大師が通りかかり、豪族の妻が大師さんに「大蛇を封印して、何とかしてくれ」と頼んだら、つれない事に「どおたら・・こおたら・・(読めない)で封印できない。薬師様を奉れ」と言うのが縁起らしい。

 帰ってネットで調べてみると「BUDDHA WORLD」というサイトに載ってました。

 σ(*_*)が、苦労しながら無理して読み砕いたのとは、大筋では違ってないが、そこでは伝教大師が薬師如来を彫った事になってるよおです。

大泰寺・薬師堂の願掛、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文   大泰寺・願掛けのしるし、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 薬師堂には穴の開いた石や五円玉が、紐に結んで格子に結んであります。

 額に「願掛けのしるし」というのが架かっており、それによると石は耳の病気、木片を編んだのは歯、髪の毛は頭痛、草履は諸病らしいが、五円玉は書いてなかった。

 それにしても耳の病気が多いでんなぁ・・トシ取って難聴になるからかなぁ、σ(*_*)も石を捜して結んでおけば良かった。
 大泰寺・石積・境内、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文    大泰寺・薬師堂前の石積、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文     大泰寺・彫刻、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 薬師堂の前には小石が丁寧に並べて設置してあり、中央が少し盛り上がっており、こおいうのは、どこかの寺でも見たなぁ・・・会津霊場の寺だったかな。

 この上を歩いても良いのじゃろおか?、知らずに歩いちゃったけれど・・・・

 柱の飾りが「透かし彫り」になっており、これも大した物だと思う。

 疲れていたので、参拝は一曲だけ薬師堂で吹きました。


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 恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「惜別の唄」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます。

 当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がpixtaで販売されています。



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