2011.4.17旅行 2012.3.31掲載 周参見駅から熊野古道・大辺路「仏坂」を越え「安居の渡し」より、次の富田坂を越えて富田駅まで、1日で歩くには、どうしても距離的に無理があります。
まぁ・・コンジョ出して、歩き通して行っちゃう人も居るかもしれんが、あんまり居ないじゃろなぁ。
ネットで下調べした時にも、この区間の熊野古道・大辺路を歩く人は、「安居の渡し」付近が距離的に中間なので、「紀伊日置駅」からバス利用、または歩いて「安居」か「三ケ川」まで来る人が多いよおです。
ネットで「紀伊日置駅」から「安居の渡し」付近のバス時刻を調べたのですが、なんせ遠く離れた太平洋側の土地なので、全く付近の土地名がわかりまへん。
地図を見ながら探しても、どのルートでバスが通っているのかわからず、またどの「行き先」のバスに乗れば良いのかも、わかりまへんでした。
紀伊日置駅からバスの「経由・行き先」が明記してあるHPやブログを、探しても見つからなかったので、現地でバスの運転手さんに聞きましたので参考にしてください。
それによると、「紀伊日置駅」から仏坂入口の「口ケ谷バス停」、及び「安居の渡し」「富田坂入口」の「三ケ川バス停」へ行くには、「久木」「城」「田辺」行きのバスが通ります。
反対に「三ケ川バス停」等から「紀伊日置駅」へ行くには、「奥志原・日置駅経由」「日置駅」行きのバスが通ります。
早朝、「紀伊日置駅」からバスに乗り、「安居バス停」へ行きましたが、バスはだれも乗っておらず、ジサマの運転手も「どうせ、だれも乗らないから案内テープは流さないからね」と言います。
赤字路線なんでしょうねぇ、もしもσ(*_*)らが乗らなかったら、空気を運んでるのと同じだわなぁ。でも、やっぱりこおいうバスは「無用の用」と言って必要なんです。
「熊野古道・中辺路は世界遺産になってからは、銀座通りのように人が増えてるらしい」とか「三ケ川の入口」や「安居の渡し場」へ行く道も親切に教えてくれました。

バスを下りて「安居の渡し場」へ向かって歩いて行くと、途中から白い車がゆっくりσ(*_*)らの後を付けて来ます。
ん?・・誘拐か?・・こんな小汚いトシヨリ夫婦を誘拐しても身代金なんか取れんでぇ・・もっと身なりの良い、上品なトシヨリをを狙えば良いのにぃ。
そいとも白タクでもやっており、どっかへ案内するという手口かな?
先を歩いてた越後屋が川近くの休息所に入ると、付いてきた自動車の運転手と話をしています。
後で聞くと、渡し船の船頭さんらしく「今日は、予約の連絡受けて無いのだけれどなぁ」と言うので、「自分達は、これから富田坂へ行くのだ。」と説明したらしい。
たぶん熊野古道・大辺路「仏坂コース」を歩く人の中には、「渡し船」を予約する人が居るので、連絡を受けてないが「渡し船」に乗るのかも?・・と思って後を付けて来て、親切に聞いてくれたよおです。
すんまへんねぇ、わざわざ出勤途中の忙しい時間だったろうに・・・休息所にスタンプが置いてあり、ペタリンコ。
休息所の付近に家が有り、茶色の子犬が畑に繋いであり、こおいう場合はσ(*_*)らを見つけると、たいてい怪しいヤツが来たと思って「キャンコラ・キャンコラ・・」吠えます。
吠えるかな?・・と思ったが、甘えた声で「クゥ~ン・クゥ~ン・・・」と鳴いており、よしよし・・、これはこれでカワイイ犬じゃのおぅ。(^O^)

休息所に荷物を置いて「安いの渡し」を見るために川の土手に行くと、動物除けの柵が万里の長城のように長々と設置されてあり、よっぽど獣害が多いんでしょうなぁ。
川のゲート入口扉に「開けたら閉めてください」と書いてあり、柵扉を押し開いて「安居の渡し場」近くまで行ってみると笹船が一艘繋いでありました。
休息所を出発し「安居」集落内を歩いてると「大黒柱の有る家」と看板が掛かっており、見た感じでは、何となく元は商店だったが今は無人となり廃屋になったような気がする。
説明書きでも有るかと思ったが何も無く、帰ってネットで調べてみましたが、わかりまへんでした。
わざわざ看板まで掛けているので、さぞかし云われが有るのだろうけれど・・だれか知ってたら教えてね。
「安居」集落を歩き、安居小学校の道沿いに掲示板が有り、「ほほえみ」という学校新聞が貼ってあり、「新一年生◎◎君!入学おめでとう」と題した記事が書いてあます。
今年の新一年生は、この◎◎君一人だけのよおで、安居小学校は、先生7人、生徒数14人、3学級のよおです。

「安居」集落を抜けて県道37号線を行き、バスのジサマ運転手が教えてくれた「三ケ川バス停」より、川沿いの林道のような熊野古道・大辺路の道路は車が1台通り過ぎただけで、ノドカなもんです。

やがて三叉路に「庚申塔」の説明看板が有り、少し崩れた石垣の広場に「庚申塔」らしい石が3・4個有りましたが、失礼ながら、あんまり大したこと無さそうなので、わざわざ見に行かなかった。
でも、これは説明看板が無かったら、見過ごして行ってしまうだろなぁ。

しばらく三ケ川沿いを行くと、山の斜面が広く伐採されて赤く枯れており、今まで、せっかく緑の山々を眺めていたのが、何ともはや・・殺風景な風景ですなぁ。
切り株の一つ一つが、木の墓標のように見え、無惨な姿です。
林業で生計を立てている人も居るので、木を切らなければアカンので、仕方が無いのでしょうが・・
時間が有って日当たりも良いので、道端の切り株で一休みし、伐採された木を哀れみ尺八を二曲吹きました。

出発して、しばらく行くと「姶良火山灰層」と彫った、大きな木杭が有り、はっ?・・どこに火山灰が?・・と思ったが、どおやらその付近の岩肌らしい。
少し行くとその説明看板が有り、2万2千年前に九州桜島が大爆発して、ここまで火山灰が飛んで来たそうな。
へえぇぇ~・・・しかしぃ・・これが九州から飛んで来た火山灰だと良くわかったなぁ、普通ならば単なる削った山肌と思い、見向きもしないだろおにぃ。
恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「惜別の唄」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます。
当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真が
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