会津高田町の札所と石箱清水/会津33観音霊場
28番 高田観音
順番通り巡るならば、27番大岩観音へ次に行くのですが、地理と日程的な事より、会津三十三観音霊場「28番 高田観音」より始め、大岩観音は後日に行きました。
早朝、まだ会津高田・町民は寝ているか、朝ご飯の用意をしてる頃、自転車で高田町へ秘かに侵入。
目当ての高田病院を探してると越後屋が「高田病院前」のバス停を発見、それを拠り所に細道を入って行くと高田病院に到着。
さて高田観音がある寺は、この付近と聞いてたが・・とウロ付くと、越後屋が駐車場の奥に寺らしいのが見えると言います。
まさか寺へ行くのに、病院の駐車場を突っ切って行ったらアカンだろおと思い、駐車場を大回りして行ったら、アッサリと駐車場を突っ切った方が早かった・・チエッ・・・。
この寺の参道?には、なぜかフクロウの置物がたくさん置いてあります。
住職が趣味で集めて飾っているのかと思ったら、看板に寺とフクロウとの関係が書いてあり、何となくコジツケのような気がするが、よぉ~わからん。
高田観音堂に入れるようでしたが、まだ朝6時前なので開いておらず、またこんなに早朝から尺八を吹くと、近所の人や病院の人は何が始まったのかとビックリして、目を覚ますかもしれんので遠慮して吹きまへんでした。
高田観音堂は蔵のような造りなので、その構造上から、たぶん尺八の響きは良いだろおなぁと思い、確かめてみたい気持ちが有ったのですが・・残念だったなぁ。
多分、横壁付近は防火のため、蔵造りの素材にしたのでしょう。
しかし、屋根と入口付近だけは昔のまま残しているようで、入口の彫り物は細かい細工がしてあり、たいしたモンで、よぉ~残してくれた。
番外 浮身観音/龍興寺
会津高田町へ戻り、すぐ近くに「会津三十三観音番外 浮身観音 龍興寺」と書いた看板が有ったので、細い路地を入ってみました。
「浮身観音」の云われが書いてある看板を読んでみると、ここの寺は、徳川家康から三代に渡って使えた天海大僧正と関係が有るよおで、出身もこの付近らしい。
この天海大僧正は、実は明智光秀だったという説もあるらしく、そおいえば、どこかのお堂の絵馬に、天海和尚の幼少が描いてあったのも有ったような気がする。
この浮身観音堂は、珍しく六角のお堂でしたが、ここでも、やっぱり朝早かったので尺八を吹きまへんでした。
石箱清水
会津高田駅へ向かう途中の道端に「石箱清水」と書いた札が貼ってある建物が有ったので見に行きました。
「石箱清水」と名付いてるからには、昔は綺麗な清水が流れてたのでしょうが、今は清水が湧いてるようには見えず、貼り紙がしてなかったら、知らない人は防火用水と間違うかもしれまへん。
失礼ながら、どうしても是非飲みたいなぁ~・・と思うような清水ではなく、どちらかと言えば1000円くれても飲みたくないような清水です。
濁った水の中を魚が1匹泳いでおり、σ(*_*)の気配を察すると、サササッ~・・と濁り水を掻き回しながら逃げちまった。
普通、こおいう所で飼ってる魚は、足音を聞きつけるとシッポ振りながら近寄って来て、口をパクパクさせながら「はよぉ~エサくれぇ~・・」と催促するもんだが、よほど近所の人からゴハンをもらえず、イジメられているのでしょか・・・。
せっかく貼り紙までして「石箱清水」を宣伝しているんだから、もっと綺麗にすれば良いのにぃ・・
それとも、もう清水の量が少なくなっちまい、どうしょうもないのかなぁ・・そんなような気もするが・・
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恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「手向」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます
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