HOME > 紀行文「目次」 > イザベラ・バードの道「地図と目次」(関東・東北編) > 55 朴ノ木峠
旅行日 2015.6.10 掲載日 2016.4.3
橋が見えて「足野水」の最初の家があり、庭先のような所を通って木陰で一休・・。
反対方面から「萱野峠」へ初めて登る人は、人家付近には標識が無いので、ここで行き止まりになっちまった・・と、あわてるかもしれない。
橋から足水川を見ると、先程の人家付近より、対岸にも通じる道が有るので、昔はそこに橋か「渡し船」があったように思うが、だれか知ってたら教えてね。
対岸の「足野水」集落より十三峠の一つ「朴ノ木峠」への入口がわかる?か・・と心配していたが、道端に標識が立っていました。
よっしゃあぁ、楽勝じゃ・・と思って人家の横を歩いて行くと、草が茂り、やがて行き止まりの雰囲気・・。
地図を見ると、途中で側を流れる小さい谷川の対岸に道が有る事になっているが、川を渡るような場所なんて無かったけどなぁ・・。
もう一度、「朴ノ木峠」標識まで戻り、集落を見渡しても人の気配が無く・・弱ったなぁ。
ダメ元で、道に近い人家へ行き声かけると、オバハンが出て来たので聞いてみると「沢沿いに行けば良いのだが、ちょっとわからん所が有るかもしれん。」と言い、わざわざ連れて行ってくれました。
先ほどの「行き止まり」になった中間付近で、「ここから川を渡るんだ。」
えっ!!・・見れば、そのまま谷川を渡るようで、川底には飛び石のように、石が置いてあるのか・・・自然に転がっているのか・・・増水していたら確実に足下が濡れるじゃろなぁ。
越後屋が先に川を渡って偵察に行くと、「ここに道が有る」と言います。
オバハンは「今年は、まだ道整備をやってなく、よく道がわからずに聞いてくる人がいる。」と言います。
そおじゃろなぁ・・・ここから一番近い家だもん、そりゃあぁ、だれでも聞きに行くだろなぁ。
草が刈ってあれば、この地点から対岸へ渡るのだと、わかる可能性も有るのですが、この場所には絶対に標識が必用だと思う・・一番道に近い家のオバハンのためにも・・。
(「玉川」で手に入れた)牛が私を乗せて、すばらしい大里峠(朴の木峠)を無事に越え、小国の町へおりて行った。
高梨健吉「イザベラ・バード 日本奥地紀行」より
イザベラ・バードは、牝牛に乗って「十三峠」の一つ「朴ノ木」峠を越え、原文では「大里峠」になっていますが、記憶違いで「朴ノ木峠」の事らしいです。
送電線とほぼ一緒に上がっており、途中で「ヒメサユリ」が咲いており(一番上の写真)ブナ林も良かった。
ところが、あぁたぁ・・峠頂上付近になると送電線路の道と山道が、ゴッチャになってます。
どの道も一緒になるだろおと思い、越後屋に「たぶん電線路だと思われる道を偵察するけれど、お前は、そのままの道を行け」と言ったのに、越後屋はここで捨てられて迷子になるかもしれんと思って、言うことを聞かず付いて来ました。
「ヒーコラ・・」言いながら、よおやく頂上に出ると、すぐに舗装道路の車道が有り一休み。
ここからは、遠くに残雪が有る山々が見え、イザベラ・バードが「玉川」へ来る途中に書いた「時折雪をいただいた会津の連峰の一つが姿を遠く見せて、緑の海の単調さを破っていた。」の場所は、この「朴ノ木峠」付近から見た景色の事かもしれない。
頂上付近には「聖観音」の祠が有りましたが、階段も有るし疲れるので見に行きませんでしたが、イザベラ・バードも、たぶん見にいかなかっただろなぁ。
そいでもって近くに「デベソ山入口」の標識も有り、へえぇぇ・・・そんな山が有ったのだ・・きっと「デベソ」にまつわる、カワイソーな話しが有るんでしょう。
下り道には、石畳も有りました。
恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「惜別の唄」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます。
当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がで販売されています。
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