HOME > 紀行文「目次」 > イザベラ・バードの道「地図と目次」(関東・東北編) > 76 院 内
掲載日 2016.7.4 旅行日 2015.7.5
すばらしい場所にある及位という村では、休止して一頭の馬を手に入れ、雄物川の上流に沿って院内まで山道を歩いた。
高梨健吉「イザベラ・バード 日本奥地紀行」より
この「及位」集落には、「旧及位」「新及位」という2つの集落が少し離れてあります。
イザベラ・バードは、どっちの集落を通ったのじゃろうか?
「新及位」は、主寝坂峠から明治時代に道路を作っている最中の道先に有る集落で、「旧及位」は、峠の途中から集落へ下りてから「新及位」へ向かう旧道です。
たぶん、主寝坂峠の道を造ってる最中なので、「旧及位」を通ったのではないかなぁと思う。
で・・「旧及位」への旧道は国土地理院に破線で記入されており、通れるかなぁ・・と思いましたが、ネットには通った記録が無く、これを書いてる時にもう一度調べてみると、完全に廃道になっており藪漕ぎしないと道がわからく、通るのは無理らしかった。
国道13号線を通ってる時に、チラッと「旧及位」集落が見え、よっぽど寄ってみようかと思ったが、そのまま「新及位」集落へ入りました。
イザベラ・バードは「素晴らしい場所の集落で一休み」となってるが、主寝坂峠を越えたばかりなので「旧及位」集落で休んだのかもしれない。
「新及位」集落は今までと同じくあんまり変わらない集落だった。
「新及位」集落のT字路の所に「落合橋」の説明看板があり、明治天皇が休み、川の橋から見える豪快な絶景「落合滝」をご覧になられ、お付きの人に漢詩にするように申し付けられたらしい。
で・・そのその豪快な絶景の滝を探したが見当たらなく、よおやく、川の配水管?の向こうに、川の段差の有る所が有り、それが滝らしかった。
申し付けられた人も困ったろおなぁ・・・なんせ、滝というよりも川の段差程度の滝だから・・・ どのように、ごまかして、もんのすごい滝が有る風景なのかを詠まにゃアカンのだから苦労したと思う。
私たちは主寝と雄勝の二つの峠を越えたが、12時間かけてたった15マイルであった。
私たちのとっている道を進んで行ったのでは、この地方を通りぬけることはとてもできないだろう、とどこでも言われた。
高梨健吉「イザベラ・バード 日本奥地紀行」より
雄勝峠も通れないのが、わかってましたが行ってみました。
途中、立ち入り禁止の柵が有ったが、「チョイノリ」なので横を通りました、すんまへん。
舗装はしてあるが草が生えており、いかにも廃道の様子。
雄勝峠の所は、スノーシャドーからトンネルになっており入口で塞いであり、これも下調べしていました。
最近だれか来たらしく、ぬかるんだ泥に新しいバイクの轍跡があり、σ(*_*)と同じ物好きな人が居るんですねぇ。
イザベラ・バードは、この道路が作られる前に通ったようなので、このような良い道ではなかったと思う。
戻って、国道13号線の「雄勝トンネル」を通って、「院内」へ向かいました。
院内まで杉の並木道をくだる道と、烈しく流れる雄物川に囲まれた村そのものが実に美しい。
院内の宿屋はきわめて心地よい宿であるが、私の部屋は襖と障子だけで仕切ってあるので、しょっちゅう人々がのぞきこむのであった。
隣室には6人の技師がいた。 彼らは私が通ってきた峠を測量していて、トンネルが掘れるかどうか調査している。
高梨健吉「イザベラ・バード 日本奥地紀行」より
「院内」集落も、他の集落と余り変わりがなく、道端に「院内銀山異人館」の標識が有ったので、物はついでと行ってみると大きな西洋風建物が建っており「院内駅」も併設されてます。
へえぇぇ・・こんな所に銀山が有ったの?・・知らなかった。
「異人館」は入場料がいるようなので、どおしても見たいというわけでもなかったので入らなかった。
代わりに併設されている「院内駅」舎に入ると「想いつづり五行歌」という地元の人が詠んだ物が飾ってありました。
少し行くと木造校舎のようなのがあり、拝見すると「院内尋常高等小学校」だったらしい。
建設年を見ると、イザベラちゃんが通った道筋なので、このハイカラな学校を見たと思われるが、宿屋で覗かれたのを怒って書くヒマが無かったのかもしれない。
恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「惜別の唄」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます。
当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がで販売されています。
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