HOME > 紀行文「目次」 > イザベラ・バードの道「地図と目次」(関東・東北編) > 86 米白橋
掲載日 2016.8.7 旅行日 2015.7.7
ある大きな村の近くの土手道を、馬に乗って進んでいたが、そのとき学校帰りの多くの子供達に出会った。
彼らは私達が近づくと、あわてて元の方へ逃げ出した。 馬子が追いかけて、いちばん後ろの少年を捕まえて、ひきずるようにして連れてきた。
少年の言葉から察すると、伊藤は猿回しで、私が大きな猿であり、私のベッドの棒は舞台を組み立てるものだと思いこんでいる。
高梨健吉「イザベラ・バード 日本奥地紀行」より
イザベラ・バードが大猿と間違えられたのは、どの付近かわかりまへん。
文脈や「大きな村近く」という事から想像すると、「鶴形」と「富根」の間だと思われるが違うかなぁ。
雨と泥をはねながら進んでゆくと、富根の人々は、大雨で川が増水したために渡し舟はすべて通らなくなったから留まった方がよい、と言った。
新しく馬を手に入れ、非常に美しい山腹に沿っている山道を進んだ。 そこからは米代川を見下ろせた。
大きな川で増水しており、川に近づくと全地域に広がっていた。 滝のような雨がなおも降っていて、戸外の仕事はすべて中止となっていた。
険しい坂道を滑るようにして下りて、切石という村に入った。
高梨健吉「イザベラ・バード 日本奥地紀行」より
「富根」集落を過ぎた所にある峠の入り口がわからず、行き過ぎて引き返すと、樹木の下に「羽州街道」標識が有り、戻って来た方向からしか標識が見えないように設置されてました。
そりゃあぁ・・わからんはずだ、標識を立てるにしても、もおちっと考えてくれれば良いんだが・・ぶつぶつ・・・
イザベラ・バードは「険しい坂道を滑るように」と表現しているが、現在は舗装してあるので、滑ったり転がるほどの坂道でもなく、それほど険しい坂道とも思わない。
ただイザベラ・バードの通った時は、雨がドシャブリで舗装もしてなかったので、道が滑ったのかもしれません。
米代川は、下り道の麓付近でだけ、チラッとしか見えませんでした。
川の土手まで来ると、たっぷり400ヤードもある川は、静かに不気味な音を立て、水車を動かす流水のように渦巻きながら流れていて、役所から人馬の渡河禁止の命令が出ていた。
ちょうど折りよく、向こう岸に小舟が下ってゆく姿を見つけた。 舟は岸にとまって男を一人陸に上げた。
伊藤ともう二人の男は、叫んだり大声をあげたり手を一生懸命に振って注意を引こうとした。
嬉しいことに、烈しく音を立てて流れる川の向こうから返事の叫び声が聞こえてきた。
高梨健吉「イザベラ・バード 日本奥地紀行」より
「切石」集落を抜けて「米白橋」付近の土手に来ました。
今は真夏の空の下で、穏やかな水の流れで水遊びでもしたいような川ですが、イザベラ・バードの時は、川幅一杯に濁流が流れていたよおです。
しかし・・それにしても、これだけの川幅なのに良く対岸まで声が届いたなぁ。
恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「惜別の唄」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます。
当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がで販売されています。
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