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草堂寺・円通殿内、熊野古道・大辺路を歩く  2011.4.17旅行     2012.4.5掲載


草堂寺・円通殿と餅まき/熊野古道・大辺路を歩く

馬谷城跡の分岐、熊野古道・大辺路を歩く    熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文    草堂寺へ、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 林道のような幅広の道を歩いてると「馬谷城跡」の看板があり、260mの山道を登るよおですが・・まぁ・・今回は熊野古道・大辺路を歩くのが主なので「パス」しとこ。

草堂寺へ2、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文   一里松跡、熊野古道・大辺路を歩く    一里松跡・スタンプ、熊野古道・大辺路を歩く
枯葉が溜まった山道、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文
 林道から山道らしい雰囲気の所へ入り、「一里松跡」の所にスタンプ台にパンフレット兼用のスタンプ帳が置いてあり、スタンプをペタリンコ。

 大串峠でパンフレットを落として行った人が、つくづく気の毒に思う。

 そいで、できればの話しだけれど、長井坂の登り口にも、このようなパンフレット兼用スタンプ帳を置いてくれたら、そちら方面から来る人は、泣いて喜ぶと思う・・きっと・・草堂寺階段、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 落ち葉が、ゴッテリ積もった山道を歩き・・山道の落ち葉なんか、今時、掃除する人なんか居ないわなぁ。

 σ(*_*)が子供の頃は、カマドの焚き付けにするため落ち葉を拾い集めさせられたもんだが・・今じゃあぁ、ダイオキシンだか何だかで、焚き火まで禁止されちまうし・・。

 石垣がキレイに積んで有る階段の所へ来ると、さすがに人家近くなのだから落ち葉は積もってなく、後でわかったのですが、その石垣の向こう側が草堂寺境内だったよおです。草堂寺・石垣、熊野古道・大辺路を歩く

 草堂寺は城のような白壁と石垣が有り、初めて見る人に「実は、これは城と天守閣だよ。」とゴマかしても、「はりゃあぁ~・・そおなのでっか・・」と素直にダマされるかもしれん。(^O^)

 境内に入ると、本堂の階段に2人のオババがヒマそうに座っており、ほほおぉぉ・・信心深いオババ達だなぁ、寺の坊主が説教でもするので聞きに来たのかな?。

 荷物と笠を縁側に置きながら挨拶しましたが、胡散臭そうにジロジロ見るだけで、関わり合いになるのを避けるように無視されちゃった。

草堂寺・円通殿、熊野古道・大辺路を歩く    円通殿・天井絵・草堂寺、熊野古道・大辺路を歩く    草堂寺・円通殿より庭園、熊野古道・大辺路を歩く

 草堂寺境内をチラットと散策すると、本堂右横の奥に小さい池と庭園が有り、階段上には由緒正しそうな堂が見えます。

 堂内には入れないもしれんと思いながら階段を上がると、「熊野曼陀羅第三十二番」と大きな表札が掛かっており、額縁には「円通殿」と書いてありました。

 へえぇぇぇ・・「熊野曼陀羅」と言う霊場巡りが有るんだ、知らんかったなぁ。

 入れないと思っていた「円通殿」の扉が開いていたので勝手に入りこみ、逗子の中には黒塗りの古そうな仏さんが入っております。草堂寺・本堂、熊野古道・大辺路を歩く

 塗りが少し剥げ落ちて、さぞかし名の有る仏さんだろおが、信心が足りないので、よぉ~わからず、隣には、さすが曼陀羅霊場だけあって、弘法大師さんと地蔵さん?が収まってます。

 熊野古道・大辺路の行程は、この草堂寺が最後の場所としているので、時間も有ったので「円通殿」で尺八を三曲吹きました。(一番上の写真)

 境内に戻ると、先程よりもオババの人数が増えており、わあおおぉぉ!!・・ここは何と信心深いバサマ達が多いんじゃろう。

 ここの寺は、さぞかし、もんのすごい徳の有る坊さんが居て、オババ共がこぞって随喜の涙を流すほど説教が上手いんだろなぁ・・なんせ、これだけの数のオババ達を集めるんだから・・。草堂寺境内・餅まきを待ってるオババ達、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 荷物を山門近くに移し、そこに固まってた3人のオババに「何か有るのですか?」と聞くと「餅まきがある」と言い、見れば手にスーパーの袋を、しっかり握りしめて、やる気満々・・(^O^)

 おぉぉ!!・・よぉしぃ、オッチャンもガンバって餅を拾っちゃうぞぉ。

 「すぐに餅まきを、するのでっか?」
 「これから本堂で経を読み、坊さんの説教が終わってからなので、しばらく時間がかかる。」

 聞けば、毎年この時期に餅まきをするらしく、続けて・・「寺の上に「アキバサン」が有り、必ず願い事を聞いてくれる時と、絶対に聞かない時が有る。願いを頼む時は、よっぽどの時だけだ。」というような事を言い始めます。

 どおやら、そこで餅まきが終わってから、ここで餅まきをやるらしく、今は時間調整をしてるらしい。草堂寺・境内の花、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文

 そおしているうちに、上の「アキバサン」から降りてきたのか、ジジ・ババがゾロゾロと境内に入って来て、手にはビニール袋に餅が数個入ってます。

 餅を拾う競争相手が、3倍ほど多くなってきたなぁ・・もう、それだけ拾ったのなら、他の人のために譲れば良いのにぃ。

 いかに動きがニブッて来たトシヨリ相手と言えども、これだけの人数のジジ・ババ達を掻き分けて餅を拾える確率は低くなってきました。

 2時頃、やっと本堂の中から鐘の音が聞こえ、経が聞こえ始めたので、ワクワクしていたが、バサマ達に聞くと、その後に説教をして3時頃にならんと餅まきをしないよおです。

 長いなあぁぁ・・・待っていても競争相手のジジ・ババが多いので餅拾いはアキラメ、話し相手になってくれたバサマ達に、お別れの挨拶をして寺を出て紀伊富田駅へ向かいました。

「富田駅」へ向かって「石経」付近、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文    「富田橋」、熊野古道「大辺路」を歩いた紀行文    紀伊富田駅、熊野古道・大辺路を歩く


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 恥ずかしながら「YouTube」に尺八独奏「惜別の唄」を載せており、聞いて頂ければ泣いて喜びます。

 当「遍照の響き」ホームページに掲載されている写真がpixtaで販売されています。



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